澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -269-
「第2次朝鮮戦争」への準備を始めた習政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)11月17日、中国からの北朝鮮へ「特使」、宋濤(中央対外連絡部長)が訪朝した。しかし、結局、金正恩委員長に会えず、同20日に帰国している。成果はゼロだった。
 習近平主席は、世界(特に、米国)に対し、北朝鮮への説得(核・ミサイル実験中止)を一生懸命やっているというパフォースマンスを行ったのではないか。政治局常務委員(7人)の韓正(前北京市トップ)を訪朝させるならともかく、ヒラの中央委員(204人)を派遣させた事自体、大きな疑問符が付く。
 その後、習近平政権は北朝鮮に対し、矢継ぎ早に次のような施策を実行している。
 第1に、11月22日、中国国際航空が北京―平壌航路の無期限飛行停止を宣言した。
 第2に、その2日後の24日、中朝間の友誼大橋が閉じられた。同大橋は、
 中国遼寧省丹東市振興区と平安北道新義州市を結ぶ幹線である。中朝間の貿易が減少するのは間違いない。
 第3に、翌12月6日、中国移動通訊集団吉林支社の内部文献が漏洩した。それによれば、吉林省白山市長白県政府は万一に備え、北朝鮮国境に沿って、5ヵ所の北朝鮮人民用難民キャンプを設立しているという。
 第4に、同日『吉林日報』は「核兵器の常識とその防護」を掲載した。核兵器が使用された場合、どのように放射能汚染から逃れたらよいのかを記している。
 第5に、その2日後の8日、吉林省延辺州図們市街で突然、米朝戦争介入部隊(?)の緊急異動があった。その模様に関して、撮影は許されなかったのである。
 以上の状況を見れば、北京政府が、米朝開戦(「第2次朝鮮戦争」勃発)を前提にして、着々と準備しているのは明白ではないだろうか。
 習近平主席は、「親中派」の張成沢や金正男を殺害した金正恩委員長を苦々しく思っているに違いない。本来ならば、中国人民解放軍が直接、北朝鮮へ侵攻し、今の金正恩政権を打倒させたいくらいではないか。
 習近平主席は既にトランプ大統領と“密約”を結んで、米国の金委員長に対する「斬首作戦」を黙認しているのではないか。ひょっとして、北京はトランプ政権の「斬首作戦」に協力している可能性も排除できない。
 けれども、習近平政権は米国が北朝鮮を完膚なきまでに叩く事には反対だろう。依然、北朝鮮の「バッファーゾーン」(緩衝国)としての存在価値は大きい。中国は、韓国主導の「統一コリア連邦」の誕生を歓迎していないのである。とりわけ、在韓米軍の影響力が中国・統一コリアの国境まで及ぶことは習政権にとっては悪夢だろう。
 さて、11月20日、宋濤が帰国直後、トランプ政権は北朝鮮に対し「テロ支援国家」に再指定している。翌21日には、米国政府は、13の北朝鮮の会社と中国の会社に対し、経済制裁を行うと発表した。それらの会社は、北朝鮮の核計画に加担していたという疑惑がある。
 よく知られているように、トランプ政権内では、以前から、北朝鮮へのアプローチに関して、ティラーソン国務省長官とトランプ大統領や大統領補佐官らとの間には確執があった。
 前者は、北朝鮮との対話を模索し、朝鮮半島の非核化へ向けて平和的解決を目指している。後者は、武力攻撃を含む強硬な構えであり、北との対話にも前提条件を付けている。
 だが、12月12日、ティラーソン長官は、突如「前提条件なしで北朝鮮との対話に応じる」と言明した。だが、これは今までのトランプ政権の方針と異なる。今後、トランプ大統領はティラーソン長官を更迭するのか否かが注目されよう。
 一方、11月27日、『ラジオ・フリー・アジア』で陳破空は次のように指摘した。「特使」宋濤訪朝で、金正恩政権内部でも変化が生じたという。同月20日、人民軍総政治局長の黄炳誓と第一副局長の金元弘が失脚した。その2人は「親中派」だと言われる。金委員長は北内部の「親中派」を徹底的に排除していると推測される。
 更に、ロシアの出方も気になるだろう。習近平政権が北朝鮮と距離を置けば、プーチン大統領は、北への影響力強化を狙って、金王朝を支える公算が大きい。中ロの北朝鮮への思惑が全く異なる。