澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -275-
中国の経済数値は本当に正しいのか?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 2018年の年明け早々(1月11日)、カンボジアを訪問中の李克強首相が昨2017年の中国のGDPは6.9%前後だと明言したが、李首相のその数字は“ブラックジョーク”としか思えない。何故なら2007年、李克強が遼寧省トップだった頃、米高官に中国の経済数字は「人工的」だと発言し、それをウィキリークスが暴露したという経緯があるからだ。
 当時、李は(1)電力消費量 (2)貨物輸送量 (3)銀行の貸付残高―この3つは信用に足ると述べた。これが、有名な「李克強3指標」である。中国では一旦前年のGDPが発表されると、その後は一切修正はない。普通の国ならば再計算され、GDPの初期値はしばしば修正される。しかし、中国では北京政府によって最初から数値が決定されているため、全く誤差が生じず修正されない。真に不思議である。
 さて、我々は以前より近年の中国の景気は良くないと主張してきた。例えば、他国への輸出入が低迷し、(前年度比)2015年は-7.0%、2016年は-0.9%と落ち込んだ。基本的に中国は中間財を輸入し、最終財を輸出している。輸出入の伸び悩みは、GDPに大きな影響を与えただろう。
 また、中国における固定資産投資は2009年来ずっと“右肩下がり”である。2015年は10%、2016年には遂に2桁を切って8.1%まで落ち込んだ。そして、昨年2017年は7%台に終わる公算が大きい。
 発電量は、2015年には-0.3%と一時マイナスとなった。また、貨物輸送量も2014年は-2.6%、2015年は-5.0%と2年連続マイナスが続いた。
 2008年の「リーマンショック」の際、まだ経済規模が我が国(世界第2位)より小さかった中国(世界第3位)は、4兆元(現在のレートで約60兆円)の財政出動をして、世界経済を救済したと言われる。10年前の出来事だった。
 ところが、今や中国経済は(北京政府が発表している通りに成長していれば)、日本の2倍の規模となっている。仮に、その経済規模の中国が、本当に6.7%〜6.9%も成長していれば、隣国の我が国も当然恩恵を受けているはずではないか(反対に、我が国が7%近く経済成長をしていると想像していただきたい。恐らく“バブル景気”に沸いているだろう)。それどころか、習近平政権は安倍政権に秋波を送っている。北京は日本にも「一帯一路」に参加し、投資してもらいたいという思惑が透けて見える。目下、割と景気の良い米国(「トランプ効果」か)でさえ、せいぜい3%前後の成長である。それでも、世界経済を牽引するには十分だろう。
 かつて、世界一中国へ輸出依存していた台湾(馬英九政権による「中国一辺倒」政策)が2015年の第3四半期・第4四半期、2016年の第1四半期と第3四半期連続のマイナスとなった。もし中国が、6〜7%の成長を遂げていれば、台湾経済がマイナスに陥るはずはないだろう。
 同様に、中国への輸出依存度が高い韓国やオーストラリアも、近年ではせいぜい2~3%の成長である。その理由は改めて言うまでもない。ここ2、3年、中国経済が悪かったからである。
 確かに、2017年に入り、中国は少し景気が上向いてきた。例えば、輸出入が漸くプラスに転じ、景気回復の兆しが見られる。だが、依然、大して景気は良くないし、今後も良くならないだろう。
 それは、習近平政権が掲げる「サプライサイド経済学」(小さな政府を目指す)と北京政府が行っている施策(共産党が民間企業まで干渉しようとする)が真逆という点とも関係する(これほど矛盾する経済政策は珍しい)。
 他方、習近平主席の国有企業(親方五星紅旗)重視の姿勢は、景気浮揚への足を引っ張るかも知れない。国有企業は、民間企業に比べて非効率かつ借金まみれの体質だからである。更に北京政府は「ゾンビ企業」の整理が遅れている。これらの企業が生き残れば、時間とともに、中央政府の財政が益々逼迫するだろう。
 以上のような中国経済の厳しい状況にも拘わらず、何故世界の多くのマスメディアが北京政府発表の数字をそのまま垂れ流しするのか理解できない。中国だけが経済学の常識で測れないというのだろうか。
 良識あるマスメディアならば、「中国共産党が発表している数字には疑問符が付く」という注釈を加えるべきではないか。そうでなければ、世界のマスメディアは中国政府のお先棒を担ぐ機関へ堕したと受け止められても致し方あるまい。