澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -277-
「習近平思想」とは何か?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2018年)1月19日、第19期中央委員会第2回全体会議(2中全会)が閉幕した。その2中全会で「習近平思想」の憲法入りが決定されたという。3月の全国人民代表大会(全人代)では、それは間違いなく承認されるだろう。
 「習近平思想」は「毛沢東思想」や「鄧小平理論」と同格なのか。否、「習近平思想」は「鄧小平理論」を超越し、「毛沢東思想」に匹敵するという。ましてや、江沢民の「3つの代表」や胡錦濤の「科学的発展史観」を凌駕するらしい。
 しかし、「3つの代表」・「科学的発展史観」・「習近平思想」は、全て王滬寧(復旦大学教授。昨年10月に政治局常務委員入り)が考案した代物である。
 従って「3つの代表」・「科学的発展史観」・「習近平思想」が同列ならば分かる。だが、何故「習近平思想」だけが突出しているのだろうか。
 元来「毛沢東思想」(例:農村から都市を包囲する)や「鄧小平理論」(例:白猫でも黒猫でも、ネズミを取る猫は良い猫だ)は毛沢東と鄧小平のオリジナルの思想・理論である。
 前者は、毛沢東がマルクス主義の「都市が農村を包囲する」という理論を中国の実情に合わせてひっくり返し、見事、「中国社会主義革命」を成就させた。
 後者は、“現実主義者”の鄧小平が「4人組」の社会主義政策では、中国の未来はないとして、「改革・開放」を掲げ、資本主義を導入した。その後、中国の急速な経済発展は世界中を驚嘆させている。
 繰り返しになるが、「習近平思想」とは3代に亘り国家主席に仕えたブレーンの王滬寧による“創作”である。習近平主席が自らオリジナルな思想を創造したのではない。この点は、強調してもし過ぎる事はないだろう。
 さて、この「習近平思想」とは、「(習近平)新時代の中国の特色ある社会主義」を指す。具体的には、「偉大なる中華民族の復興」を目指し、「2つの100周年」―2021年の中国共産党結党100周年と2049年の中華人民共和国建国100周年―を盛大に祝う。
 しかし、よく考えれば、これらは“思想”とは名ばかりで、単なる“スローガン”に過ぎないのではないか。
 ならば、習近平主席に特別立派な業績があるのだろうか。
 以前から我々が度々主張しているように、「反腐敗運動」は、主に「上海閥」をターゲットにした“恣意的”な政治運動に過ぎない(重慶市トップだった薄熙来の政策の“全国版”)。超法規的な「双規」(共産党のルール)で政敵を追い落とす。法治国家には程遠い政策である。これが習主席の業績とはとても言えないだろう。
 他方、中国の経済成長はどうか(2012年秋、胡錦濤政権から習近平政権へバトンが渡っているので2013年以降)。北京政府は、2013年のGDPの成長率は7.1%、14年は8.3%、15年は6.4%、16年は6.7%、17年は6.9%と公表した。
 しかし、これは粉飾されたとしか考えられない数字である。例えば、昨2017年1月17日、遼寧省長の陳求発が、遼寧省12期人民代表大会第8回会議で政府工作報告を行った。
 その際、陳省長は、2016年の同省GDPが2兆2037.88億元で、前15年(2兆8743.38億元)と比べ、23.3%(6705.5億元)ものマイナス成長だったと公表した。同年、遼寧省は全国31の省・直轄市・自治区で“唯一”マイナス成長を記録したという。
 更に、陳省長は、2011年~14年にかけて、遼寧省のGDPは20%以上水増しされていたとも指摘している。
 しかし、一昨年、本当に遼寧省だけがマイナス成長だったのか。仮に、遼寧省を「中国のラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ぶならば、その北方にある吉林省・黒竜江省は、北京からより遠く、もっと状況が厳しいはずである。
 『ニューヨークタイムズ』紙(2018年1月18日付)の報道によれば、今年1月、内モンゴル自治区が、2016年に報告された工業生産値の5分の2が存在していなかったと公表した。
 各市・各省・各自治区の昇進したい官僚が経済的数字を適当に嵩上げしているのは、ほぼ間違いないだろう。
 このように、習近平主席は殆ど何の実績もないのに拘らず、「習近平思想」という空疎な“スローガン”を全人民に押し付けようとしている。