澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -283-
金正恩委員長北京電撃訪問のネライ

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(3月25日)、北朝鮮の金正恩委員長が電撃訪中を果たした。金委員長は李雪主夫人を同伴し、中国・丹東経由の特別列車で北京入りしている(同月28日に帰朝)。
 中国の新華社(翻訳は『朝鮮日報』日本語版)によれば、中朝首脳会談の中で、金正恩委員長は「金日成主席と金正日総書記の遺訓に従い朝鮮半島の非核化の実現に力を尽くすことは、われわれの変わらない立場だ」と語った。
 更に、「韓米が善意でわれわれの努力に応えて平和と安定の雰囲気を醸成し、平和実現に向けた段階的な措置を取るなら、朝鮮半島非核化問題は解決できる」と述べた。
 但し、北朝鮮内では、この“朝鮮半島非核化”発言は一切報道されていないという。
 周知の如く、2011年末、金正日書記の死去に伴い、金正恩委員長は北のトップに就任した。それ以来、金委員長は、現在に至るまで外遊を行った事がなかった。また、海外の要人と会談した形跡もなかった。だからこそ、金委員長の突然の北京訪問は世界を驚かせたのである。
 実は、金正恩委員長は習近平主席を毛嫌いしていた。習主席が(長年、北朝鮮に核・ミサイル技術を供与してきた)江沢民系「上海閥」を「反腐敗運動」の名のもとに、徹底して打倒したからである。
 2012年秋から翌年3月にかけて、習近平主席は共産党総書記・国家主席に就任している。当然、金正恩委員長は“北京詣で”をすると思われた。ところが、(韓国の朴槿恵が大統領就任来、2度も訪中したのにも拘らず)金正恩委員長は訪中しなかった。
 同じように、習近平主席も金正恩委員長を嫌っていた。その理由は、金委員長が2013年12月、中国と太いパイプを持っていた叔父、張成沢を処刑し、また、昨年(17年)2月、異母兄弟、金正男をクアラルンプール国際空港でVXガスを使用して殺害したからである。
 中国としては、いざと言う時のために、“切札”の金正男を手厚く保護してきた(金正男には北京とマカオにそれぞれ家があった)。だが、金委員長がわざと世界に知らしめるような形で正男を殺害したのである。北京は激怒しただろう。
 一説によれば、習政権は米国の「金正恩斬首作戦」に協力の意向を示していたという。北京としては、金委員長の首までは取らないにせよ、その退位(失脚)で北朝鮮が変わる(できれば中国の意のままになる)事を期待していたに違いない。
 従って、中国政府は金委員長が訪中した際、暗殺はしないにせよ、拉致・監禁してもおかしくなかった。だが、金委員長はそのような危険な状況下にも拘らず、北京へ向かったのである。
 何故か。
 まず、第1に、来月(4月)27日に予定されている南北朝鮮首脳会談、5月中の米朝首脳会談に向けて、金委員長は中国という手持ちカードを増やすため、習政権との関係改善を目指したのではないか(近く金委員長はロシアのプーチン大統領とも会うとも噂されている)。朝鮮民族特有の“蝙蝠的行動様式”の発露かもしれない。
 第2に、金委員長の電撃訪中は、日米韓(それに加えて中国)の“北朝鮮包囲網”を突破するネライがあるのではないだろうか。今のままでは、北はジリ貧である。
 第3に、金委員長は、朝鮮半島の非核化を口実にして、韓国・米国・日本から(場合によっては中国やロシアからも)“見返り”(経済援助)を得るネライではないか。おそらく北朝鮮の経済状況が逼迫しているに違いない。日米韓及び中国を含めた国際社会による北朝鮮への経済制裁が効いてきた証だろう。「背に腹はかえられぬ」わけか。
 第4に、金委員長としては、中朝・南北朝鮮・米朝と首脳会談を次々と行い、米東海岸まで届く核搭載のICBMが完成するまでの時間稼ぎをしている可能性も捨て切れない。
 平壌は、今まで通り周辺国や米国にウソを宣伝し、経済援助で金王朝の体制維持を図るつもりではないか。北お得意の外交手段と見た方が良いだろう。北朝鮮が本当に核・ミサイル開発を止めるとは思えないからである。
 ところで、我が国では、韓国・北朝鮮・中国、そして米国が動くと、必ず外交的に「日本が置き去りにされる」という言い方をする人が現れる。けれども、歴史的に日本は、原則、朝鮮半島に対して深く関わらない方が得策ではないだろうか。ただ、近く行われる可能性のある日朝首脳会談を見据えて、その準備は整えておいた方が良いかもしれない。