澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -64-
北朝鮮の「水爆」実験をめぐる疑問

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 2016年1月6日、北朝鮮が「水爆」実験を行ったと発表した。その真偽のほどは定かでない。北の「水爆」実験に対する我が国の一部反応が興味深い。直近まで北朝鮮は「脅威」ではないとしていた日本共産党までが、北へ非難を表明したのである。 
 今回、「水爆」実験を行った金正恩第一書記の意図は ①現体制維持のため ②米国との交渉力を高めるため ③我が国をターゲットとするため等が考えられよう。 
 核分裂させる原爆よりも核融合させる水爆は1000倍以上もエネルギーが出るという。水爆が落とされた場合、原爆と比べ、被害がより甚大となるのは間違いない。 

 さて、朝鮮半島研究者は、しばしば中国をひとまとめにして論じる傾向がある。中国が“一枚岩”という認識である。けれども、現在の「太子党」中心の現習近平政権と「上海閥」の瀋陽軍区(同軍区は、近い将来、北京軍区と合併して「東北戦区」となる予定)は分けて考える必要があるのではないか。 
 金正恩第一書記が、いくら“好き勝手”を行っても、北京が経済制裁を行えないのは、ひとえに瀋陽軍区が金正恩体制を支えているからに他ならない。「水爆」実験後、中朝間で国境は閉鎖されることもなく、普段通りの交易が行われている。 
 ひょっとして、今回、北の「水爆」実験は瀋陽軍区が金正恩に命じてやらせたのではないか。なぜなら、目下、習近平政権が実施している人民解放軍「改編」に不満を持つ将軍らが多いからである。 
 特に、瀋陽軍区には徐才厚(制服組トップ)が君臨していたが、2014年に失脚した(翌15年3月、北京の病院で死亡)。同軍区は、その不満から金正恩を使って「水爆」実験を行い、習近平政権に揺さぶりをかけても不思議ではないだろう(実際、徐才厚が失脚する寸前の14年3月、瀋陽軍区ではクーデター未遂事件が発生している)。
 周知のように、2013年12月、金正恩は叔父の張成沢を処刑した。張成沢は北京政府に近く、金正日の長男 金正男を正恩の代わりに北のトップへ据えようと企てたからである。 
 一方、2015年10月、労働党創建70周年の際、習近平政権は、「共青団」の李源潮国家副主席を北へ派遣する予定だった。ところが、金正恩はそれを断り、「上海閥」の劉雲山(党内序列5位)を指名している。いかに、金正恩が「上海閥」に近いがうかがわれよう。 

 ところで、我が国は米国の「核の傘の下」にあるとされている。だから、一部の日本人は、北の“脅威”に対しては安全だと思っているふしがある。 
 もし北朝鮮が我が国の東京・大阪等の主要都市を狙って原爆を落とせば、水爆ほどの威力はないにせよ、日本はたちまち壊滅するだろう。すでに我が国地は北朝鮮から大きな“脅威”を受けているのである。 
 他方、しばしば原爆・水爆は現実には使用できない兵器だと言われる。本当に原爆・水爆が使用できない兵器とすれば、なぜ我々は両兵器に対し、“脅威”を感じるのだろうか。万に一つとはいえ、使用される可能性があるからではないか。 
 周知の如く、P5(米・英・仏・ロ・中)は、すべて水爆を独占している。現実的に、原爆・水爆の“脅威”は、両兵器を保有する中国であり、ロシアであろう。我が国は米国の「核の傘の下」にあるが、本当に安全かどうか大きな疑問符が付く。 
 仮に、北朝鮮および中国・ロシアが我が国に対し核攻撃を行った場合、米国は北に報復する公算が大きい。 
 だが、米国が中ロに対し報復する可能性はほとんどないだろう。米国本土が危険に晒されるからである。米中・米ロ間の核による全面戦争になれば、地球上が「核の冬」となるかもしれない。 
 現時点で、我が国にとっては、ロシアよりも中国の方が明らかな“脅威”である。東シナ海・南シナ海での中国軍の膨張は看過できない状況にまでなっている。 
 とりわけ、中国は我が国に対して複雑な感情を抱いているのではないか。なぜなら、歴史的に、我が国は「中国的世界秩序」(中国を中心とする国際秩序)の一部を形成していたからである。そして、歴代中国王朝(宗主国)に朝貢を行っている(ちなみに、遣隋使・遣唐使は「朝貢使」である)。 
 かつての“属国”である日本が、日清戦争で大清帝国を打ち破った。これは、当時の清国人にとって、「西欧の衝撃」以上のショックだったに違いない。その後の日中戦争でも、旧日本軍は国民党軍を次々と撃破し、連戦連勝している。 
 したがって、現在、中国共産党は(国民党に代わって)日本への“恨みを晴らす”時機を虎視眈々と狙っているとも考えられよう。