澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -289-
安倍外交への悪評と金正恩外交への好評

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2018年)2月から3月にかけて、韓国では平昌オリンピック・パラリンピック(以下、平昌五輪)が開催された。
 これを境に、朝鮮半島情勢は一気に流動化し、和平ムードが高まった。平昌五輪前、米朝間では戦争の危機が叫ばれていた。だが、局面がガラリ一変している。
 「親北派」と称される文在寅韓国大統領は、朝鮮半島での戦争(「第2次朝鮮戦争」)を避けるべく努力をした。文大統領については、それなりの評価が与えられて然るべきかもしれない。
 周知の如く、平昌五輪後、北朝鮮の金正恩委員長が3月25日から同28日にかけて北京を電撃訪問し、世界を驚かせた。そして、習近平主席と金委員長の間で中朝首脳会談が行われたのである。
 同様に、ポンペオCIA長官(次期国務長官)がその直後の3月30日から4月1日、北朝鮮を極秘訪問し、金正恩委員長と会談している。
 今後、4月27日、板門店で南北首脳会談が、5月下旬から6月上旬にかけて米朝首脳会談(現時点で開催地は未定)と重要イベントが目白押しである。但し、後者に関しては、交渉の進展如何によっては開催されない可能性も排除できない。
 更には、米朝首脳会談後、習近平主席が訪朝するという報道が飛び込んで来た。ひょっとすると、南北・米朝首脳会談の間に、ロシアのプーチン大統領と金委員長間で首脳会談が開かれる公算もある。
 かかる状況下で、我が国には相も変わらぬ「日本は“蚊帳の外”」という「日本孤立化」論・「日本置き去り」論が現れた。確かに、我が国は北朝鮮に対し拉致問題という懸案事項を抱える。だからと言って、安倍政権がしっかり外交を行っていないかと言えば、決してそうではない。
 今月(4月)17日と18日、安倍晋三首相は訪米し、トランプ大統領と会談した。安倍首相は大統領に金正恩委員長との会談では、日本人拉致問題も議題に乗せるよう要請している。トランプ大統領はその点も金委員長と話し合うだろう。安倍首相はそれなりの外交を展開しているのである。
 その安倍外交に対し、紋切り型の「日本外交孤立化」論や「日本外交置き去り」論が噴出しているが、やや行き過ぎの感があるのは否めない。
 一方、金正恩委員長の評価はどうだろうか。驚くべき事に、これがうなぎ登りなのである。多角的交渉を展開している金委員長は「外交の天才」だという声すら挙がっている。果たして、この評価は正当だろうか。
 仮に、金正恩委員長が本当に「外交の天才」だとしたら、中朝関係を危機的状況までに悪化させていないだろう。少なくとも、後ろ盾となるべく中国とは無用な摩擦を避けていたに違いない。
 昨(2017)年、一時、中国人民解放軍が北朝鮮へ侵攻するのではないかと噂されていた時期さえある(実際、解放軍が北朝鮮との国境沿いに派遣されている)。
 また、昨年11月、習近平政権は宋濤(党中央対外連絡部長=外交部の裏部隊トップ)を特使として訪朝させた。ところが、金委員長は宋濤に会おうとしなかったのである(2015年10月、訪朝した「上海閥」の劉雲山<政治局常務委員>と比べて、宋が格下だったからかもしれない)。
 金正恩委員長が個人的に習主席を好きでないにせよ、わざわざ中国から派遣された特使に会わないとは、外交上、随分失礼な話である。
 金委員長訪中後、翌4月、再び宋濤が中国芸術団を率いて訪朝した。その際(14日)には、金委員長は宋濤と会談している。
 さて、金正恩委員長訪中の1番の目的は、北の経済危機を打開するためだったと思われる。おそらく中国から食糧・エネルギー等の援助を受けなければ、金王朝は瓦解する寸前だったのではないか。場合によっては、八方ふさがりで、米国との戦争に踏み切らねばならない状態だっただろう。
 つまり金正恩委員長は、切羽詰まって仕方なしに訪中したに過ぎない。これでは、金委員長がお世辞にも「外交の天才」とは言えないのではないか。平壌は核・ミサイル開発以外、特別な外交戦略もなく、単に「場当たり的外交」を行っていると言っても過言ではないだろう。