澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -290-
中国で急増する「空巣青年」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 一昔前、中国では「蟻族」が登場した。大卒という“高学歴”でも、なかなか就職の決まらない若者達である。アルバイトをしながら、狭いアパートで共同生活する。ほぼ同時期に、「蟻族」よりも悲惨な「鼠族」も出現した。彼らは都市の住居費が高いため、陽の当たらない地下に住まざるを得なかったのである。(「蟻族」・「鼠族」の多くは就職や結婚を機に、そこから脱出する。)
 昨今、20代・30代の「空巣青年」と呼ばれる若者が急増している(立場が「蟻族」・「鼠族」とは違う)。無論、“空巣に入る若者”の意味ではない。
 元々、中国語の「空巣」とは、子供が親の元から巣立ち、老夫婦だけになってしまった家族、または、1人暮らしのお年寄り世帯のことを指した。従って、「空巣青年」は日本語で「独居青年」或いは「引きこもり気味の青年」と訳したら良いのだろうか。
 彼らの特色は、次の通りである。
 (1)親からの余計な干渉を避けるため、親元を離れて1人暮らしをする。
 (2)職場へは1人で行き、1人で帰ってくる。
 (3)食事はコンビニ等でテイクアウトし、1人でとる。
 (4)1人でショッピングへ行ったり、映画を観に行ったりする。滅多に友人とは街へ出かけない。
 (5)長時間、スマホやパソコンを使用する。
 (6)時間があれば、友達とメールや(中国版)ラインでおしゃべりしたり、オンラインゲームをしたりする。
 (7)友達や恋人の代わりとして、猫や犬を飼う。
 (8)目を覚ますのは往々にして目覚し時計ではなく、宅配便によるもので、あまり時間感覚がない。
 (9)アパートに住むためには、普通、月3000〜4000元(約5.1万円〜6.8万円)かかる。1人で住むかルーム・シェアする。
 さて、一般的に“家族主義”の中国で、何故「空巣青年」が増大したのだろうか。
 第1は、全国での都市化の深化だろう。大都市では就業の機会に恵まれ、賃金が高い。だから、若者はより良い機会を求め、実家を離れる傾向にある。
 ただ、大部分の親達は、(大半が1人っ子の)彼らが親元を離れ、大都市へ行くのを望んでいない。
 第2は、SNSの発達によって、世界中の若者はライフスタイルが似て来たからではないだろうか。欧米・日本のライフスタイルが中国にも流入したと思われる。
 第3に、1979年から開始された「1人っ子政策」の影響も関係するのではないか。彼らの多くは、(両親と両親の祖父母の6人から)「小皇帝」として大切に育てられた。だから、他人とのコミュニケーションがあまり上手くない。
 2015年10月、習近平政権は「1人っ子政策」を転換し、今ではどの夫婦も2人目まで産む事が出来るようになった。しかし、中国共産党が「2人っ子政策」を推進しても、子供の出生率は上昇していない。主な要因としては、晩婚化や教育費の高騰が考えられる。
 ところで、中国の統計では、1990年の独居世帯数は全世帯の6%に過ぎなかった。だが、2013年、独居世帯が14.6%と増加した。特に、上海では、4世帯中、1世帯が独居世帯である。また、北京でも5世帯中、1世帯が独居世帯となっている。
 目下、5800万人が1人暮らしをしているという。そのうち、20歳から39歳までが2000万人を占める。彼らがその「空巣青年」である。
 因みに、中国では、1990年頃、高齢者の7割は子供と同居していた。けれども、2010年には、遼寧省、山東省、江蘇省、広東省、上海市、浙江省の6省市の都市では、75歳以上の「お一人様」が多い。
 2012年の統計では、世界1単身世帯が多いのはスウェーデンである。10人に4人が1人暮らしで、全世帯数の44.6%が単身世帯だという。北欧は個人主義が徹底しているので、単身世帯が多いのかもしれない。
 米国の国勢局調査では、2017年、1億2622万世帯中、1人暮らしは3525万世帯で、28%が単身世帯である。
 他方、我が国の内閣府調査では、2014年、日本の単身世帯は全体の38.0%を占める。また、夫婦だけの世帯は17.4%である。1980年、高齢者(65歳以上)の子供との同居率はほぼ7割だったが、1999年に50%を割り、2014年には40.6%まで下がっている。