南アジアにおける深刻な女卑社会

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 先般の財務次官のセクハラ辞任は欧米のマスコミでも取り上げられている。「#MeTooの波が日本にも押し寄せた」といった論調で書かれている。どうも、欧米人の目には日本は牢固とした男性優位社会と映っているようだ。「日本では企業や官庁におけるセクハラが日常的に発生している」との指摘には違和感があるし、「ではあなたたちの社会はどうなんだ」と言い返したくもなる。私は欧米諸国で10年以上生活した経験があるが、彼らにはキリスト教の陰の部分ともいえる偽善者然としたところがあるように思えてならない。スウェーデン・アカデミーにおける最近のセクハラ・スキャンダルなどは氷山の一角であろう。
 セクハラについては日本も欧米諸国も「どっちもどっち」だと思うのだが、男女平等社会の実現、特に女性の社会進出という点では、確かに欧米諸国の方が日本よりだいぶ進んでいる。近年は日本でも働く女性の割合は増えているが、依然として種々の障壁があり、いまだ十分とは言えない。家庭内における専業主婦の役割は重要だが、外に出て働きたいという女性にはそれなりの機会がきちんと与えられる社会を構築したい。管理職・役員への女性の昇進や専門・技術職への選択の幅が狭い現状も改善が必要だろう。
 この点で広くアジア諸国を見渡してみると、南アジアの男女不平等は相当に深刻である。先月、米国のコンサル会社マッキンゼ―・アンド・カンパニーのシンクタンク(MGI)がこの問題に焦点を当てた調査報告を発表していたが、その書き出しは「アジア太平洋地域で男女平等が進めば2025年までにGDPは4兆5千億ドル増加する」との文章で始まっていた。それによると、GDP増加の絶対額では中国(+2.6兆ドル)が、また、GDPの伸び率ではインド(+17.5%)が、それぞれ最大の受益国になるらしい。日本は絶対額で+3250億ドル、伸び率で+6.0%になると試算されている。すでに中国、タイ、ベトナムなどはGDPへの女性の貢献が40%前後に達して世界平均を上回っているが、日本は30%そこそこ、南アジアの国々に至っては20%以下である。
 さて、この調査報告では女性の就業率とともに母子保健や教育、支援環境、法的保護などいくつかの小項目にわたって国際比較が行われている。女性の就業率(職場進出)では、東南アジアは優等生、南アジアは劣等生で、東アジアはその中間というところである。確かに、東南アジアの男は働かないし、南アジアのご婦人方は家庭内に閉じこもっているとの印象があるので、調査結果に納得がいく。
 私が特に問題だと思うのは、「身体的な安全性」という調査項目で、インド、パキスタン、バングラデシュといった南アジア諸国の状況が極端に悪いことである。この項目は、男女の出生比率、未成年(児童)婚、性暴力のそれぞれを比較調査したものだが、私自身のインド在勤時の経験でも、南アジア諸国はこれら全ての項目で劣悪な差別状況にあると断言できる。その背景にイスラム教やヒンズー教などの宗教的影響があると思われるが、それだけでは説明しきれない歴史社会的因習が複雑に絡んでいるのではないか。
 インドでは、最近、女児(8歳)の集団レイプ・殺害事件が発生し、社会的な大問題に発展したばかりである。政府も、市民からの圧力を受けて、「12歳以下の女児に対するレイプ犯は死刑にする」とのお触れを出したが、そもそもレイプ犯は捕まりにくいというお国柄なので、その効果を疑問視する声もある。カースト差別や人種差別も絡むために、インドではレイプ事件の99%が表ざたになっていないとの指摘もある。
 南アジアは人口の多い地域である。世界の人口ランキングでみると、13億人のインドを筆頭にトップ10に入る国が3ヵ国(パキスタン2億人、バングラデシュ1.6億人)ある。これらの国々は全て貧しい。マッキンゼ―の調査報告では男女平等が進むことでGDPが増加し、経済発展も得られると指摘されている。我が国もそうだが、南アジアの国々での男女平等社会実現に向けた大いなる進展を期待したい。