澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -300-
人気司会者が暴いた中国芸能界の深い闇

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2018年)5月24日以来、中国国営中央テレビ(CCTV)の人気司会者である崔永元(政治協商委員)が、中国版ツイッター(微博)で何回か、有名女優、範冰冰の脱税疑惑を暴露した。
 脱税の手口として、俳優がある映画に主演した際、表向きは1000万元(約1億7000万円)で製作会社と契約したと見せかける。しかし、裏では、その出演者は製作会社から更に5000万元(約8億5000万円)を受取る。これが「陽陰契約」と呼ばれる脱税方法である。
 昨2017年9月、国家広播電影電視総局(the State Administration of Radio, Film, and Television)は、俳優の出演料は、制作費全体の40%を超えてはならないと初めてガイドラインを明示した。新華社は、これまで俳優の出演料は制作費全体の50%以上が普通で、甚だしい時には全体の80%に及ぶと論じている。
 範冰冰の場合、撮影時には、必ず5つ星のホテルに泊まり、移動の際はベンツに乗り、一日、平均1500元(約2万2500円)の以上の食事をする。また、メイクは範が指定した人を使い、制作側が毎月8万元(約136万円)を範に支払う。もし3日間、撮影がない時は、範自身と彼女のマネージャーが北京へ戻るため、飛行機(ファーストクラス)を用意しなければならないという。
 5月29日、範冰冰事務所は、「崔永元が(出演契約時に)密約があったと公表した事は、範への侮辱であり、ビジネスルールへの規則違反である。同時に、範の合法的権益侵害の疑いもある」と反駁した。
 翌6月3日、国家稅務局(江蘇省等)稅務機関は、当該女優の「陽陰契約」による脱税問題の調査を開始している。
 映画監督の杜仁は、芸能界の“節税”方法は、全部現金で行われると明かした。「大小契約」で、少額のカネは税申告用とし、多額のカネは脱税用とする。但し、所属事務所による納税方式の場合、厳密には脱税とは言えず、現在の税法では“節税”となるという。
 範冰冰(山東省青島市出身)は、数々のテレビドラマや映画作品に出演してきた。
 範は、1998年から始まった中台共同製作テレビドラマ3部作『還珠格格』(『還珠姫〜プリンセスのつくりかた〜』)に出演し、その名を馳せた(主演は、趙薇<ヴィッキー・チャオ>)。
 2006年、範冰冰は、2006年、日中韓香港合作映画『墨攻』(監督はジェイコブ・チャン)に、香港の名優、アンディ・ラウ(劉徳華。歌手でもある)と共に出演している。
 元来、『墨攻』は、1991年、酒見賢一の歴史小説である。それを、漫画家の森秀樹と脚本家の久保田千太郎のコンビによって歴史漫画化され、1992年〜96年、『ビッグコミック』(小学館)に連載された。
 2016年、範冰冰は、馮小剛監督の『我不是潘金蓮(英語:I Am Not Madame Bovary)』(私は潘金蓮じゃないの)で、第64回サン・セバスティアン国際映画祭のシルバー・シェル賞(<最優秀>女優賞)を受賞した。
 昨2017年6月、範冰冰は中国の有名俳優、李晨(北京出身)と婚約し、今年後半、結婚する予定だと報じられている。
 ところで、2002年、中国税務当局は、かつての名女優、劉暁慶(代表作は謝晋監督の『芙蓉鎮』)が、1996年以降、虚偽の収支報告を行って脱税し、その脱税総額は1400万元(約2億3800万円)に上ると発表した。
 結局、劉暁慶は不起訴となったが、秦城監獄(北京市昌平区興寿鎮秦城村)に長期間、拘留されている。
 範冰冰の事件は、今後、どのような展開になるのか余談を許さない。何故なら、(放送界を含む)中国芸能界には、しばしば政治的大立者(中国共産党の党・軍・政府の幹部)がバックに控えているからである。
 例えば、有名歌手、宋祖英(湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族出身)はどうか。まだ宋が無名だった頃、宋は曽慶紅(「上海閥」のナンバー2)の弟、曽慶淮(中国芸能界のドンと噂される)から江沢民を紹介されたという。江沢民の寵愛を受けた宋祖英は、瞬く間にスターダムにのし上がっている。
 その後、「上海閥」の有力者らは、芸能界と結び付いた。
 失脚した周永康(無期懲役で服役中)は数人の美人キャスターらを愛人にしていたという。また、薄熙来(同)は、女優、章子怡(代表作は張芸謀監督の『初恋の来た道』)と関係を持ったと報じられた。同様に、故・徐才厚は「軍中妖姫」と言われた湯燦(歌手・女優)と深い仲だったと言われる。
 米国へ逃亡中の郭文貴は、範冰冰は王岐山(現国家副主席。前中央紀律検査委員会書記)の愛人だったと指摘している。もし、これが事実ならば、範は起訴されずに済む可能性もあるのではないか。