澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -310-
長春長生生物違法DPTワクチン製造事件

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国では、2010年以降、「偽ワクチン・スキャンダル」が少なくとも3件発生している。
 今年(2018年)7月、またしても習近平政権を揺るがす大事件が起きた。小児用DPTワクチン約25万本が不正製造され、接種されたのである(DPTワクチンとは、百日咳・ジフテリア<上気道粘膜疾患>・破傷風への予防接種である)。
 長春長生生物科学技術有限公司(以下、長生生物)と武漢生物製品研究所有限公司(以下、武漢生物)という薬品メーカーが、DPTワクチンを違法製造していた。
 長生生物は1992年に設立され、翌93年には、当時副社長だった高俊芳というやり手の女性が、同公司の理事長兼社長に就任している(高俊芳は、吉林省の政治協商委員であり、長春市の全人代の代表でもあった)。
 夫の張友奎は長生生物の副社長で、息子の張洺豪は、その会社の副理事長兼副社長を務めていた。
 この事件で、民衆の中国共産党に対する信頼は、地に堕ちたと言っても過言ではない。
 今回の事件を時系列的に辿ってみたい。
 昨2017年10月下旬、国家食品薬品監督管理総局(CFDA。以下、薬品監督総局)は、長生生物の製造した65万本余りのDPTワクチンが規定に合わないとして、同社に対し不合格品の使用停止を求めている。
 今年7月15日、薬品監督総局は長生生物に対し、凍結乾燥した人間用狂犬病ワクチンの記録が捏造されている等の違法行為に気付いた。
 1週間後の22日、薬品監督総局は、狂犬病ワクチンの調査過程で、今度はDPTワクチンが違法生産されている事を発見したのである。
 翌23日、当時、習近平主席は、アフリカ4ヵ国を訪問していた。だが、習主席は長生生物による違法ワクチン製造行為は悪質だとして、各機関に重要指示を出している。まもなく長生生物の理事長、高俊芳ら15人は逮捕された(その後、他に3人の逮捕者が出ている)。
 だが、一方、ネット上での違法ワクチンに関する言論は徹底的に削除された。メディアを統括する党中央宣伝部が、ネットでの“炎上”を懸念して採った措置である。批判の矛先が中国共産党に向くのを警戒したのではないか。
 既述のように、昨年10月、薬品監督総局が長生生物に対し、DPTワクチンを違法製造していると警告した後、何故、長生生物側がその違法ワクチンの製造を続けたのか不思議である。
 普通、当局の指導の下、長生生物が合法ワクチンを生産するはずではないか。ところが、同社は当局の指摘を無視して、違法ワクチンを製造し続けた。薬品監督総局と長生生物の間に何らかの“癒着”があったと考えざるを得ない。
 中国には、ワクチンを製造している有名な数社―長生生物(高俊芳代表)、武漢生物、深圳泰康生物(杜偉民代表)、江蘇延申生物(以前は韓剛君代表)、北京民海生物(深圳泰康生物の子会社)など―が存在する。中国の子供達が打つワクチンの90%が、以上の会社製だという。
 これらの会社には、高俊芳・杜偉民・韓剛君3人が大株主として君臨した。そして、彼らはお互い、株で協力関係を築いている。そのため、「ワクチン3巨頭」と揶揄されていた。
 現時点で、偽ワクチンによる被害と見られる200症例近くが報告されている。おそらく、今後、更に被害者が増えるだろう。
 かつて、2007年、山西省で多くの児童がワクチンを注射され死亡した。この事件は、メディアも地方政府も隠蔽していたので、2010年になって漸く事件が明るみに出た。
 『中国経済時報』の記者、王克勤が事件をすっぱ抜いたのである。だが、その後、王克勤と編集長の包月陽は辞職に追い込まれた。
 2013年11月から12月には、B型肝炎ワクチン事件が起こった(できるだけ若いうちに、同ワクチンを半年以内に3回の接種を行うと、B型肝炎と将来の肝がんを予防できるという)。
 中国南方で、幼児にB型肝炎ワクチンを投与したところ、何人も死亡している。深圳康泰生物、大連漢信、北京天壇生物が製造したワクチンだった。
 記憶に新しいところでは、2016年、山東省菏沢市牡丹人民病院の女医、龐紅衛が違法ワクチン(小児用25種類、大人用2種類)を投与した。同時に、龐紅衛は、その偽ワクチンを他省市で違法に売りさばいていたのである。
 昨2017年5月、山東省高級法院(高裁)は、1審判決を支持し、龐紅衛に懲役19年、全財産没収の判決を下した。
 結局、曽志豪が『明報』(今年7月27日付)で喝破したように、「『偽ワクチン』の注射針は習近平主席が吹聴していた偉大な中国の夢を無情にも突き破った。たとえ『一帯一路』がどんなに偉大であっても、祖国の花(=子供達)の健康的な成長を保証しない」のである。