澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -312-
現政権を批判する教授と持ち上げる教授

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 よく知られているように、中国の清華大学は北京大学と並んで最高学府である。習近平主席の出身大学としても知られる。
 その権威ある大学に対照的な2人の著名な先生がいる。1人は、習近平政権を厳しく批判した許章潤教授(56歳)である。もう1人は、「中国の一部はすでに米国を凌駕している」と吹聴する胡鞍鋼教授(65歳)である。
 はじめに、許章潤教授(豪メルボルン大学法学博士)から紹介しよう。今年(2018年)7月24日、許教授は「現在の我々の恐怖と期待」という提言を発表した。その概略は以下の通りである。
 まず第1番目に、許教授は、「4つのボトムライン」として、
 (1)基本的治安の維持と国家ビジョンの明確化、
 (2)限定的な私有財産権の尊重と国民の豊かさへの追求容認、
 (3)限定的な市民生活の自由容認、
 (4)政治の任期制の実行、を挙げた。
 第2番目に、許教授は「8つの懸念」を示している。
 (1)(現政権は)財産権侵害への恐怖を与えている。
 (2)再び強い政治的リーダーシップを強調し、経済建設を基本国策の中心に据える事を放棄している。
 (3)またしても階級闘争を行う。
 (4)(貿易の)門戸を閉じて以来、西側の代表である米国に強硬な態度を示し、北朝鮮のような好ましくない政治体制と一緒になって戦っている。
 (5)行き過ぎた対外援助は、国民に負担をかけている。
 (6)知識人を保守化させ、思想改造を行っている。
 (7)深刻な軍拡競争に陥り、新冷戦を含めて戦争を勃発させている。
 (8)「改革・開放」をやめ、全体主義的政治へ全面的に回帰している。
 第3番目に、許教授は「8つの期待」を挙げている。
 (1)「大盤振舞い」の対外援助を中止せよ。
 (2)主な外交での無駄遣いを中止せよ。
 (3)引退した高級幹部の特権を廃止せよ。
 (4)(幹部用)特別供給システムを廃止せよ。
 (5)公務員の財産公開法を実施せよ。
 (6)「個人崇拝」に対し、早急にブレーキをかけよ。
 (7)国家主席任期制を復活せよ。
 (8)「6・4天安門事件」の評価の誤りをただせ。
 以上が、許章潤教授の主な主張である。きわめて“正当な意見”ではないか。このような真っ当な意見も、中国共産党体制下では異端視され、ほとんど受け容れられない。
 今年8月1日、山東大学を退官した孫文広元教授(84歳)は、『美国之音』(VOA)の「時事大家談」収録中、公安に逮捕・連行された。許章潤教授も孫元教授と同じ憂き目に遭う恐れがあるのではないか。
 一方、清華大学国情研究センター長の胡鞍鋼は別の観点から中国に関する“珍妙な意見”を主張する。
 評論家の鄧聿文は「観点:『胡鞍鋼現象』と『倒胡』運動」『BBC中文網』(2018年8月6日付)で、以下のように言及している。
 胡鞍鋼は独自の「中国総合国力全面米国超越論」を展開する。
 まず、胡鞍鋼は2010年の時点で、中国は経済力で米国を上回ったと言う。
 更に、中国は技術力や軍事力においても、徐々に米国を超え、少なくとも2015年には、中国は総合国力で米国を追い越したと断言している。
 「中国総合国力全面米国超越論」は、常識とは符合せず、科学的欺瞞を帯びていよう。そのため、同論は内外の清華大学卒業生から物笑いとなっている。結局、胡鞍鋼は、内外の同大学卒業生から同校から駆逐される羽目に陥るのではないか。
 『中国数字時代』(2018年8月4日付)は胡鞍鋼について次のように述べている。
 胡鞍鋼は父、胡兆森と母、鄧華雲の間に生まれた長男である。
 父親の胡兆森は、浙江省嘉興市出身で、上海交通大学の機械系動力学部を卒業した。その後、胡兆森は鞍山鋼鉄集団、本渓鋼鉄集団、首鋼集団などの技術者として働き、国家自然科学基金委員会常務副主任になった。
 胡兆森は、第1期、第2期、第3期の全国人民代表大会代表および第8期全国政治協商会議委員にも選出されている。
 実は、胡鞍鋼の両親は、父親が大言壮語を吐き、他方、母親は厚顔無恥だと言われていたという。
 胡鞍鋼は、文革初期、ドロップアウトした小学卒業生で、同中期には下放され、同晩期には、労農兵大学生となった。1991から翌92年には、米エール大学大学院で学んでいる。
 胡鞍鋼の主張する、中国の科学技術力、軍事力、包括的な国家力はあらゆる面で米国を上回るという主張は、ナンセンスである。これは、きっと中国指導者、中国人、および西側に誤解を招くに違いないだろう。
 残念ながら、習近平政権下、このような奇妙な意見がまかり通っている。