澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」-314-
蔡英文の中南米訪問と米国の厚遇

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2018年)8月12日、台湾の蔡英文総統は、8泊9日の外遊に出た。2016年5月、総統就任以来、4度目となる。総統専用機には、F16戦闘機4機が護衛にあたった。
 蔡英文総統が就任以来、既に4ヵ国と断交していた。2016年12月には、西アフリカのサントメプリンシペと、翌17年6月には、中米のパナマと、今年5月には、中米のドミニカ及び西アフリカのブルキナファソとである(民進党政府は、国民党の馬英九政権が中国共産党との「外交休戦」を行っていた流れを引き継いでいる)。
 今回、蔡英文総統の外遊目的地は、南米のパラグアイと中米のベリーズだった。民進党政権には、台湾と国交のある諸国対し「断交ドミノ」を食い止めたいとの思惑があっただろう。
 8月15日、蔡総統はパラグアイのマリオ・アブド・ベニテス(Mario Abdo Benitez)大統領就任式に出席した。次に、17日、ベリーズを訪問している。そして、同月20日深夜、総統は台湾に帰国した。
 ところが、翌21日、中米のエルサルバドルが突如、台湾と断交したのである。蔡総統が中南米外遊から帰国してまもなくの出来事だった。いかにも中国共産党のやり方らしい。
 さて、今度の外遊では、蔡英文総統に別の目的があった。米国との関係深化である。
 今年、米上下院で「台湾旅行法」が通過(反対ゼロ)した後、3月、トランプ大統領が法案に署名し、同法は成立した。
 今回、蔡英文の中南米訪問で注目すべきは、往復2度のトランジットとなった米国での“厚遇”ではないか。
 当然、北京政府は、蔡総統の米国での行事に対し、トランプ政権に対し抗議を行った。けれども、目下、米中は「貿易戦争」の最中である。北京の要求は一蹴された。
 思い起こせば、1994年、李登輝総統(当時)が、中南米訪問時、米国でのトランジットの際、肩身の狭い思いをしている。飛行機が給油の為にハワイ・ホノルルに寄港した。けれども、李総統は、クリントン政権からビザが発給されなかったので、結局、同機から降りられなかったのである。
 往路、蔡英文総統は、パラグアイ訪問前のトランジットで、米国ロサンゼルスに立ち寄った。
 13日、蔡総統は「ドナルド・レーガン大統領図書館」で、米マスコミへの演説をする機会を得た。
 蔡総統は、演説の中で、レーガン元大統領の「何事も交渉の余地があるが、われわれの自由と未来の2つだけは別だ」という言葉を引用した。そして、レーガン元大統領を賞賛している。
 同時に、総統は「われわれは国益、自由、民主主義の原則の下、地域の安定と平和を協力して促進していくという誓いを守っていく」と主張した。
 台湾総統が米国内で公に発言したのは15年ぶりである(2003年、陳水扁総統が経由地のニューヨークで数回のスピーチを行った)。
 また、蔡英文総統はロサンゼルスでカフェ「85度C」(美食達人<グルメ・マスター>が経営)に立ち寄ったのである。それを知った中国人ネットユーザーが怒り心頭で、早速、中国で「85度C」に対する不買運動が開始された。結局、中国大陸が最大の市場で約590店舗を有する美食達人は中国に謝罪し、中台の「平和的統一」を支持すると明言した。
 帰途、蔡総統は、米テキサス州ヒューストンをトランジットで立ち寄った。総統は1週間で2度も米国の地を踏んだのである。
 そこで、蔡英文総統は3人の米連邦議員と会った。その中の1人の議員(Brad Sherman)は、米政府に対し、総統を正式にワシントンD.C.へ招聘したいと要請している人物である。
 また、蔡総統はアメリカ航空宇宙局(NASA)も見学した。現職の台湾総統が公式に米政府機関を訪問するのは初めてだった。
 北京は、蔡英文総統の(米国へのトランジットを含む)中南米訪問に対し、いつも通り「台湾独立」のいかなる試みにも反対する、という声明を出している。だが、少なくとも、中国共産党は(澎湖島を含む)台湾本島を1日たりとも統治した事実はない。
 実質的に、台湾は「独立」している。チベットや新疆ウイグル、香港とは異なり、「独立」している台湾が「独立」するとは如何なる意味か。中国共産党は自らの“非論理性”に一日も早く気付く必要があるだろう。
 一方、たとえ台湾と国交のある国がゼロになっても、その存在が消滅する事はない。中国共産党は、“なけなしのカネ”をはたいて台湾の「国際生存空間」を狭めるよりも、中央政府の財政赤字を何とかした方が賢明ではないか。さもないと、自ら墓穴を掘ることになるだろう。