澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -316-
中国での「アフリカ豚コレラ」の蔓延

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2018年)8月以降、中国各地で、「アフリカ豚コレラ」(African Swine Fever=ASF。以下、ASF)が発生している。東アジアで初の発症である。
 豚がASFに感染すると、高熱が出る。潜伏期間は5~15日で、2~10日で死亡する。発生地域での致死率は50%~100%にのぼる。ASFは一般の「豚コレラ」と比べ、伝播が速く、恐れられている。
 ただ、幸いにも、ASFは人間等には感染せず、家畜のブタや野ブタ・山ブタ等だけに感染する。
 実は、昨2017年、ロシアではASFが大流行した。今年上半期に入ってからも、ロシア各地でASFが猛威を奮っている(今年、既に11の中東欧諸国でもASFが発生した)。そのため、ASFがロシアから中国へもたらされた事が確実視されている。
 中国では、8月、遼寧省瀋陽市瀋北新区、河南省鄭州市経済開発区、江蘇省連雲港海州区、浙江省温州市楽清市(中国では、市の中に市が存在する場合がある)、安徽省蕪湖市南陵県でASFの発生が確認された。
 中国当局は、周囲の封鎖、豚の殺処分、無害化処理、消毒等を行った。これで、同国でのASFが収束したかに思えた。
 ところが、翌9月3日、中国農業部当局は、安徽省宣城市宣州区にもASFが発生したと公表した(安徽省では、わずか4日のうちに3ヵ所でASFが発症)。また、当日、浙江省無錫市でもASFが発生している。更に、6日、安徽省滁州市でもASFが発生した。
 8月28日、国連食糧農業機関(FAO)は、中国でASFが越境し、周囲の東南アジアや朝鮮半島の国々へ感染する恐れがあると警告した。翌9月5日、FAOは、中国でのASFアウトブレイクに危機感を覚え、ついにタイ・バンコクで3日間の緊急会議を開催したのである。同会議には、我が国をはじめ、韓国・モンゴル・ラオス・カンボジア・ベトナム・タイ・ミャンマー・フィリピンの専門家が出席している。
 現時点では、中国でのASFの蔓延に歯止めがかからず、いつ収束するのか分からない。
 中国は世界最大の養豚国(豚の保有数は世界の50%以上)であり、かつ世界一の豚肉消費国でもある。中国では豚肉の生産が、殆んど国内で消費されている(輸出入も行っているが、少量である)。
 中国農業部によれば、目下、およそ3000万戸が養豚を行っている。その中で99%以上が、毎年500頭程度しか食用に資さない小規模農家である。
 2017年、中国では6.9億頭の豚を食用とした(前年比0.5%増)。また、豚肉生産量は5340万トンだった(前年比0.8%増)。中国では、豚肉が市民の主要肉食品で、消費肉類の中では約64%を占める。
 仮に、中国で蔓延しているASFが更に国内他地域へ拡大すれば、養豚産業に深刻なダメージを与えるだろう。今後、一部の豚肉は、海外からの輸入に頼らざるを得ないかもしれない。未だASFを治す薬が存在せず、目下、蔓延するASFへの有効な防御策が見当たらないからである。
 周知の如く、現在、「米中貿易戦争」が行われている。今まで、豚肉が米国から1キログラムあたり、6~10元(約96~160円)で中国に輸入されていた(昨2017年、中国は米国から約17万トンを輸入している)。
 それが「米中貿易戦争」が勃発したため、中国側が対米報復措置として、豚肉にも関税をかけた。まず、今年4月の段階で12%から27%に引き上げた。そして、7月には、北京政府は米製豚肉に62%という高関税を課したのである。そこで、中国大陸には米国から豚肉が入らなくなった。
 その代わり、中国はロシアから1キログラムあたり12元(約192円)で豚肉を輸入している(今年、中国はロシアから約24万トン輸入する予定だという)。
 8月30日、米農務長官、ジョージ・パーデュー(George Ervin “Sonny” Perdue III)が、中国はASFに感染した豚の正確な数を公表していないと非難した。そして、同長官は、中国当局発表の数字が低く抑えられていると主張している(因みに、9月2日、中国農業部当局は、少なくとも3.8万匹の豚が処分されたと発表した)。
 現在、元安に振れているので、中国への輸入豚肉が高騰する公算が大きい。豚肉の輸入増大は他の物価を上昇させる要因となるかもしれない。
 そのため、このASF問題を契機に、景気減速の明らかな中国経済がハードランディングする可能性もゼロとは言えないのではないか。