澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -101-
習主席を襲った「パナマ文書」スキャンダル

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年4月3日、世界100以上のマスコミが、一斉にパナマにある「モサック・フォンセカ(Mossack Fonseca)法律事務所」から1150万件以上の個人・組織情報(いわゆる「パナマ文書」)が流出したと報じた。
 この法律事務所は、1977年、ユルゲン・モサックとラモン・フォンセカ・モーラにより設立されている。
 同事務所は、パナマのタックスヘイブン(租税回避地)でのペーパーカンパニー設立(21万4000社)に手を貸していた。また、世界的権力者や大富豪を相手に、資産隠しや脱税などをアドバイスしていたと見られる(一説には、武器の密輸にも関わっているという)。
 同事務所の取引相手は30万社を超え、ドイツ銀行、香港上海銀行、クレディ・スイス、UBSなどの大手金融機関とも取引がある。
 今回、流出した40年にわたる大量の情報(2.6テラバイトにも及ぶ)は、最初、南ドイツ新聞と「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)が入手し、約1年間かけて調査した後、公表された。その「パナマ文書」は、当事務所の内部告発(匿名)だと伝えられている。

 このVIP情報流出事件は、各国で大スキャンダルとなることは間違いない。
 ロシアのプーチン大統領やアイスランドのグンロイグソン首相を始め、世界の有力政治家が名を連ねている(後者はすでに辞任を表明)。また、世界的VIPも多い。例えば、香港の名優ジャッキー・チェンやサッカー界の英雄リオネル・メッシ(リーガ・エスパニョーラ・FCバルセロナ所属)などの名前も記載されているという。
 中国に関しては、要人数人の名前が浮上している。
 まず、①習近平主席の義兄 鄧家貴。次に、②李鵬元首相の娘 李小琳とその夫 劉知遠。そして、③賈慶林元全国政治協商会議主席の孫 李紫丹(英語名はJasmine Li)。さらに、④薄熙来元重慶市書記(トップ)とその妻 谷開来。最後に、⑤温家宝前首相の息子 温雲松と娘婿 劉春航を挙げておきたい。
 李鵬・賈慶林・温家宝らは、すでに政界を引退している。他方、薄と谷は無期懲役で、現在、服役中である。
 以前から「電力女王」と呼ばれる李小琳は「反腐敗運動」のターゲットになっているが、未だに逮捕・拘束されていない。李紫丹は米スタンフォード大学卒の若き才媛である。
 ニュースでは、温雲松と劉春航の名前は挙がっていないようだが、約2年前からICIJは彼らをマークしている。

 ところで、1番のスキャンダルは、現役の習近平主席の親族が「パナマ文書」で闇のビジネスに関わっていた事実であろう。
 習主席の長姉 斉橋橋(母親姓を名乗る)の夫 鄧家貴はカナダ出身の華僑と言われる(国籍は不詳)。鄧の名前は、2009年、英領バージン諸島にあるとされるペーパーカンパニー2社に、取締役・株主として記載されている。つまり鄧家貴が海外資産を隠匿していることになる。
 「反腐敗運動」を推進する習近平主席の義兄が犯罪に手を染めていたとなれば示しがつかない。政敵の「上海閥」・「共青団」からの手厳しい“反撃”は必至だろう。

 ちなみに、2000年来、中国大陸から海外への資産流出は少なく見積もって1兆米ドル(約110兆円)、多ければ4兆米ドル(約440兆円)にのぼると推計されている。
 パナマのタックスヘイブンへ投資している人は、中国大陸と香港を併せて合計約2万2000人にのぼるという。また、中国人の投資対象は、主に石油・グリーンエネルギー・鉱物・武器貿易等である。
 今度の「パナマ文書事件」は、中国語だけではなく英語等の多言語でニュースとして流れている。
 そのため、北京政府がたとえ「グレート・ファイア・ウォール」(=「金盾工程」。ネット検閲システム)やネット・ポリスを使い、鄧家貴に関するスキャンダル・ニュースの国内流入を防ごうにも防ぎようがないだろう。そして、そのスキャンダルが中国のネット・ユーザーによって、拡散されることは目に見えている。
 そうでなくても、最近、習近平主席は2度にわたり、党内から辞任要求を突き付けられている。さらなる親族のスキャンダルは“致命傷”になりかねない。
 周知のように、今年3月31日と4月1日、米ワシントンで「第4回核セキュリティ・サミット」が開催された。その際、習近平主席はオバマ大統領と会談したが、習主席はオバマに対して居丈高だったという。
 習主席は、国内での苦境の中、海外では、たとえポーズだけでも強気なところを見せなければならなかったのかもしれない。
 現在、中国の国内政治は、ますます混迷の度合いが深まっている。