澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -319-
中国の“#MeToo”運動と“左翼”思想

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 すでに旧聞に属するが、世界的潮流の中、今年(2018年)中国でも一時“#MeToo”運動(“我也是”運動)が起きた。4月、北京大学の学生、岳昕が、1998年、同大学の学生、高岩が自殺した事件に関して、WeChatで公開書簡を発表したからである。
 同学年の友人、李悠悠(北京大学修士。現在、カナダ在住)は、中国版“MeToo”運動が同国で起きたので、勇気を振り絞って、沈陽(現、南京大学教授)を実名で告発した。その証言は、次の通りである。
 北京大学教授、沈陽が教え子の高岩(当時、20歳)をレイプする事件が起きた。高岩は李悠悠に「教授には、そんな事をして欲しくなかった」と語っていたという。
 しかし、その後、沈陽は別の教え子と性的関係を持った。その際、沈陽は彼女に、高岩が好きではなかったが、高岩が誘って来たので、関係したと語った。更に、沈陽は、高岩が精神病を病んでいると言いふらしたのである。
 その話を伝え聞いた高岩は、ショックを受けた。高岩は、1度はリストカット、1度は睡眠薬を飲んで自殺を図ったが、いずれも未遂に終わっている。結局、1998年3月11日、高岩は自宅でガス自殺した。
 一応、北京大学はこの件に関して調査したが、沈陽による高岩レイプ事件に関して否定している。
 中国では、まもなく“MeToo”運動は沈静化した。微妙な政治問題に関わるので、北京政府が同運動を弾圧した公算が大きい。
 さて、その岳昕(北京大学卒業)が、今度は、7月29日、労働組合を組織しようとした深圳の佳士科技公司を支援したのである。彼は、中国の“左翼”(日本語と逆で“右翼”。保守派)だった。翌8月24日、(岳昕を含む)同公司を支援した学生らが逮捕されている。
 このように、中国では、未だにマルクス・レーニン主義と毛沢東思想を奉じる一団が存在する。そして、彼らの拠り所とするサイトの一つが「紅色中国」である。同サイトには理論的論考が載る。
 その『紅色参考』(2018年8月28日付)に、李光満の「中国は“戦争思考”で五つの大きな難題を解く必要がある」という論文が掲載された。中国の一部“左翼”が何を考えているのか、ごく簡単に紹介したい。
 李光満は、第1に、農業と食糧問題を挙げた。
 中国共産党は18億畝(1.2億ha)をレッドラインとしていたが、田畑は荒廃し、すでにそのラインを越えている。
 中国は、段々と、農業の国際市場の依存が大きくなり、大豆は90%が輸入に依存している。また、国内には遺伝子組換作物が蔓延している。
 第2には、貨幣と金融である。
 2015年には、株価が大暴落した。そして、翌16年から17年にかけて、中国から外貨が逃避している。中国の外貨準備高は1兆米ドル(約110兆円)も減少した。
 他方、北京政府は外国に門戸を広げ、銀行、保険、証券、株式市場には、外貨が流入している。また、北京政府は債務負担が重く、不動産価格が非常に高い。
 第3は、ハイテクとハイエンド製造業である。目下、中国はハイテク分野が最も脆弱で、新素材、ハイエンドチップ、産業用工作機械等、あらゆる主要機器が、西側、特に米国に押さえられている。
 重要なのは、今の中国が自力更生、自主的創造性、艱難辛苦を乗り越える精神を失っている点だろう。ハイテクとハイエンド製造業で他国に命運を握られている状態を打破するためには、まず、自力更生、自主的創造性の精神を回復しなければならない。
 第4は、エネルギーとそのチャンネルである。
 日米がミャンマーに干渉しているので、中国・ミャンマーエネルギー回廊(主に、天然ガスか?)は、依然、低調である。また、中国・パキスタン経済回廊も建設が完成していない。
 一方、米国がイランに対し経済制裁を行い、ベネズエラの経済・金融が崩壊するなど、中国のエネルギー源やそのチャンネルが確保されていない。
 現在、中国はエネルギーを自前で完全には生産できないので、中央アジアを加え、中国・パキスタン間、中国・ミャンマー間、中ロ間のエネルギーチャンネル建設とその安全確保は重要である。
 第5に、軍事施設建設と「台湾解放」である。
 米国は、南シナ海や台湾問題で、一貫して中国に挑戦している。また、日本・インド・ベトナムは、依然、中国領土や島の一部を不法に占拠している。
 台湾は未だ独立していて、祖国統一の大業は依然、完成されていない。他方、日米豪印は、インド・太平洋戦略を打ち出し、中国が太平洋からインド洋に伸びようとするのを阻止し、封じ込めようとしている。
 以上の主張を見る限り、中国の“左翼”は、特に、日米に強硬な対決姿勢を取る。その点は、今の習近平政権とほぼ一致しているのではないか。