澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -320-
なぜ范冰冰は失踪したのか?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国のトップ女優、范冰冰(範氷氷=ファン・ビンビン)が失踪して、既におよそ4ヵ月が経つ。范はハリウッドにも進出(『アイアンマン3』『X-MAN : フューチャー&パスト』)し、年間、約50億円も稼ぐ。この有名女優の失踪は、いやが応でも、各国マスコミが競って報じる事となった。
 その失踪には、(1)死亡説(2)亡命説(3)拘束説等がある。
 現時点では、あくまでも推測の域を出ないが、(3)当局によって拘束されていると考えるのが、1番自然かもしれない。
 その理由として、まず第1に、以下の事が考えられる。
 周知の如く、今の中国政府は困窮している。少なくてもGDPの250~300%の財政赤字を抱える。
 同時に、依然、景気の低迷状態が続く。その証拠に、今年7月31日、まず、中国共産党は景気対策として、財政出動を明言した。
 更に、10月1日から課税対象者を月収3500元(約5万8000円)から月収5000元(約8万3000円)以上へ引き上げる―事実上の(前倒し)減税―を行うと発表した。
 そのため、カネのない習近平政権は、民間企業のトップら金持ちから、富を“強奪”している。
 例えば、「明天系」(ファンド会社)のトップ、蕭(肖)建華である。2017年1月、蕭は、香港のフォーシーズンズホテルから、中国公安に拉致され、中国大陸へ連行されるという謎の失踪を遂げた。
 ひょっとすると、今後、蕭建華は共産党におよそ数千億円を上納させられる上に、刑務所暮らしを余儀なくされるのではないか(米国へ逃亡中の大富豪、郭文貴は、既に蕭建華は死亡したと示唆している。だが、事実は不明である)。
 仮に、范冰冰が、本当に「陰陽契約」(中国芸能界特有の表は少額、裏は多額の二重契約)をしているならば、巨額脱税容疑で、北京政府は范から高額の追徴課税を課す事ができる(范冰冰が起訴された暁には、1年から5年くらいの実刑判決が下される恐れがあるだろう)。
 第2は、人間関係をめぐる理由からである。
 郭文貴は、范冰冰がかつて王岐山国家副主席(習近平主席の盟友で、「反腐敗運動」の旗振り役)の愛人だったと示唆している。
 一方、范冰冰の脱税疑惑を告発した崔永元(元CCTVの有名司会者。現在、中国伝媒大学教授)と王岐山は、知る人ぞ知る“犬猿の仲”だった。
 そこで、崔永元が直接、王岐山を攻撃するのではなく、崔は王の愛人、范冰冰を叩いたのではないかとも考えられる。
 それとも、崔永元は「反習近平派」の意向を受け、王岐山を打倒するための“刺客”として登場した可能性も捨て切れない。
 本来ならば、王岐山は、范冰冰を守るべきだった。しかし、王は范を守り切れなかったのかもしれない。
 今年(2018年)7月、(2012年3月に続き)再び「北京政変」が起きたとの噂が絶えない(その真偽は不明である)。一見、盤石に見える習近平政権が揺らいでいるのである。かかる状況下では、王岐山としても、范冰冰を守れなかったのだろう。
 或いは、王岐山は、昨年9月、范冰冰が李晨(リー・チェン)と婚約したので、王が范または李に対する嫉妬心から、范を切り捨てたのかもしれない。
 本来、芸能人ならば、誰でも行ってきた「陰陽契約」である。もし范冰冰だけが、脱税で検挙されたのならば、彼女は“スケープ・ゴート”にされた公算もある(今度の范冰冰脱税疑惑は、かつての大女優、劉暁慶の脱税事件とよく比較される。けれども、劉暁慶は、当時、女優業の他、手広くビジネスを行っていたので、事件の質が若干、異なる)。
 万が一、公安当局が、范冰冰だけでなく、彼女の婚約者、李晨(中国の俳優の中で最も稼ぐと言われる)の脱税疑惑をも視野に入れているとしたら、今後、芋づる式で李も逮捕・拘束される事態も起こり得るだろう。
 ところで、しばしば中国芸能界と人民解放軍との“癒着”が指摘されている。芸能人(シンガーや俳優・女優)は、軍へ慰問に行く。その際、軍のトップは、その芸能人と親密な関係になるのだろう(台湾では、テレサ・テン<鄧麗君>が、しばしば中国国民党軍へ慰問に行った)。
 よく知られているように、江沢民主席(当時)は、宋祖英という少数民族(ミャオ族)出身の歌手と親密な関係となった。その宋は、超大物政治家(軍トップ)の後ろ盾を得て、トップ歌手になっている。他方、湯燦という美人歌手は、軍トップらの「公共情婦」と呼ばれていた。
 最後に、軍は芸能界を利用して、ビジネスを行っているという情報もある。