澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -326-
なぜ中国経済は回復しないのか?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 最近、あるエコノミストが、我が国屈指の経済誌に、中国経済は減速から再び加速する旨の記事を書いている。果たして、それは正しいのだろうか。大きな疑問符が付く。
 よく知られているように、習近平政権発足以来、中国経済の3つのエンジン(投資、消費、貿易)中、 投資と消費が右肩下がり基調にある。
 頼みの貿易(特に輸出)に関しては2013年、14年は低空飛行だったが、まがりなりにも成長を続けていた。だが、15年、16年と全年を通して、ほぼ前年比マイナスを記録している。しかし、17年から今に至るまで、好調を維持した。
 現在、習近平政権(正確には習主席だけか?)は、面子重視のため、米国との“無用な貿易摩擦”を起こしている。そのため、今後、貿易も前年比割れする公算が大きい(仮に、これからも輸出が伸びるとすれば、北京が企業に対し輸出還付金<=輸出助成金>をかなり引き上げている可能性が高い)。
 もし、そうなれば、中国経済の3大エンジンが全て停止するだろう。
 さて、何故中国の景気が悪いのか。その主な原因は、以下の通りである。
 第1に、胡錦濤政権の負の遺産。
 (1)「リーマン・ショック」時に、胡錦濤政権が行った莫大な投資が、今の財政赤字の元を作っている。
 (2)中国国内に過剰生産物や過剰生産施設が存在し、今なお、北京政府の負担となっている。
 第2に、習近平政権の「反腐敗運動」と「贅沢禁止令」。
 (1)習近平主席が始めた「反腐敗運動」で、贈収賄が難しくなった。そこで、景気が冷え込んでいる。
 (2)同様に、「贅沢禁止令」で「官官接待」「官民接待」ができない。そのため、国内では経済活動が不活発になった。
 第3に、習近平政権の「バラマキ外交」・「借金漬け外交」。
 (1)習政権は「一帯一路」政策で、海外で「バラマキ外交」を行っている。
 (2)「中国・アフリカ協力フォーラム」で、習政権は、巨額のアフリカ支援(最低でも約6.6兆円)を予定している。何という大盤振る舞いか。
 (3)台湾の「国際生存空間」を狭めるために、カネで外交を買っている。現在、台湾は17ヵ国しか正式な外交関係がない。おそらく、近くバチカンも台湾と断交し、中国と国交を結ぶだろう。
 (4)海外で着々と「借金漬け外交」を展開している。しかし、いくら外国の港湾経営権(例:パキスタンのグワダル港やスリランカのハンバントタ港)を得ても、すぐに利益が出るかどうか疑問である。
 (5) 最近、ペンス副大統領が演説の中で明らかにしたように、中国共産党は海外での諜報活動、宣伝活動にかなり投資している。
 第4に、習近平政権は一方では(小さな政府を目指す)「サプライサイド経済学」を掲げながら、一方では、歴史の歯車を逆転させる社会主義・共産主義への回帰を図っている。
 (1)「混合所有制」で、赤字基調の国有企業と黒字基調の民間企業を合併させている。これでは、国有企業が民間企業の活力を奪うだけではないか。
 (2)北京政府が企業に輸出還付金(=輸出助成金)を引き上げて輸出の落ち込みを防止しようとしている。これを続けたら、財政赤字が更に膨らむだけだろう。
 (3)「ゾンビ企業」を潰さず、赤字を補填し続けている。これでは、いくらカネをつぎ込んでも、中央政府の財政赤字は限りなく増大する。
 さて、中国共産党は、外貨準備高を使って、必死に対米ドル為替レートを一定にコントロールしようとしている。そのため、世界一の外貨準備高も減少し始めた。
 おそらく、1米ドルが7人民元を超えれば、更に海外からの輸入品が高騰する。そして、中国国内のインフレが昂進し、ますます景気は落ち込むだろう。
 それを防止するためには、習政権が掲げる「サプライサイド経済学」(小さな政府を目指す)を本格的に導入し、「民進国退」(効率の良い民間企業を伸長させ、効率の悪い国有企業を縮小する)が行われなければならない。
 ところが、習政権は「国進民退」(効率の悪い国有企業を伸長させ、効率の良い民間企業を縮小する)という真逆の政策を行っている。これでは、景気が良くなるはずはないだろう。
 今年9月11日、呉小平という謎の人物が「民間セクターは、公共経済発展での支援を完了し、徐々に市場を離れるべきである」という「民間企業市場退場論」(民間企業はマーケットから退場せよ)を唱え始めた。経済学的に、極めてナンセンスである。
 かつて、エコノミストの小田切尚登氏が「経済は現実の問題であり、現実的な対応が必要とされる。イデオロギー主導で運営して上手くいくはずがない」と喝破した。正鵠を射ていよう。