澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -328-
習近平政権「一帯一路」構想の誤算

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国の「一帯一路」構想(2013年9月、習近平主席がカザフスタン訪問時に提唱)が様々な所で、ほころびが目立ち始めた。この件に関して、既に色々な指摘が為されているが、ここでもう一度、整理しておきたい。
 同構想は、表向き、中国は各国との経済協力で“ウィン・ウィン”の関係構築を目指している。
 現在、習近平政権は経済的に困窮しているので、海外で国有企業を活用し、景気浮揚に繋げたいのだろう。また、余剰生産物を海外で消費する意図が透けて見える。
 一方、北京政府は、各国へ経済発展促進の資金(借款)を提供する。もし、相手国が中国への返済を滞れば、“借款の担保”として軍事目的の港湾等の経営権を獲得する。
 おそらく、「一帯一路」の真の目的は、安全保障の観点からインド・太平洋でシーレーンを確保し、同時に、軍事的プレゼンスを高める事にあるだろう。最終的に、中国共産党は、インド洋を“自国の海”としようとしているのではないか。
 そのためか、インドに対する「真珠の首飾り」作戦(対印封じ込め)を実行している。
 まず、習政権はバングラデシュのチッタゴン港改良工事に投資した。次に、中国は、スリランカで自らの援助で建設したハンバントタ港の99年の経営権を獲得している。そして、北京は、モルディブで、ヤーミン大統領(当時)に近づき、「一帯一路」へ組み入れた。更に、習政権は、パキスタンのクワダル港の経営権を獲得した。
 けれども、習政権には、いくつもの誤算があったと思われる。
 第1に、中国共産党は、バングラデシュ(特にチッタゴン港)では経済協力でインド包囲網に取り込もうとしていた。
 しかし、今年(2018年)1月、同国で、「一帯一路」に絡むスキャンダルが暴露されたのである。「中国港湾」(CHEC)が、同国の新交通大臣に贈賄(約500万タカ<約670万円>)した容疑で「ブラック企業リスト」に登録された。バングラデシュでのインフラ整備が、北京の思惑通りにならなくなっている。
 第2に、今年5月、マレーシア下院議員選挙で、「反中派」のマハティール元首相が「親中派」のナジブ首相を破り、再び政権に返り咲いた。
 当選後まもなく、マハティール新首相はマレーシア-シンガポール間の高速鉄道計画(HSR)の中止を表明した。
 また、中国が受注・着工した「マレーシア東海岸鉄道」(総工費約1兆4100億円の巨大プロジェクト)建設中止も決定されたのである。習近平政権にとっては大打撃だっただろう。
 第3に、今年9月、モルディブで大統領選挙が行われた。その結果、「親中派」の現職、ヤーミン大統領が破れ、野党のソーリフ候補が新大統領に当選した。
 新大統領は、前大統領のように「中国一辺倒」でなく、インドや欧米諸国との関係も重視する姿勢である。そうなれば、中国の影が覆っていたモルディブに、インドや米国等が戻って来る公算が大きい。
 第4に、中国共産党は新疆・ウイグル自治区でウイグル人を徹底弾圧している。最近では、少なくても100万人以上の少数民族を“再教育施設”に強制収容した疑いが浮上した。
 中央アジアのイスラム教国は、このような北京のイスラム教徒弾圧を苦々しく思っているのではないか。一部の「イスラム過激派」(「ウズベキスタン・イスラム運動」<IMU>等)が働きにやって来た中国人に攻撃を試みるかもしれない。
 実際、2016年8月末、中央アジア・キルギスの首都ビシケクにある中国大使館付近で爆発があった。1人が死亡、3人が負傷したという。治安当局は自動車を使った“自爆テロ”とみている。
 当時、華春瑩・中国外務省報道官は、“テロ行為”を厳しく非難した。また、同報道官は、爆発によって中国大使館員3人が軽傷を負ったと発表している。
 第5に、中国とロシアは、しばしば米国へ対抗するため、あらゆる場面で手を組む。だが、周知のように、中ロは必ずしも“一枚岩”ではない。
 ロシアは中央アジアを貫く中国の「一帯一路」構想を快く思っていないふしがある。そこで、プーチン政権は、ウズベキスタンに経済支援を行い、「一帯一路」に楔を打ち込もうとしているのではないか。モスクワは、同国に対し、ロシアの影響力を確保したいのだろう。
 かつて、冷戦時代には、ウズベキスタンもソ連の一地域だった。プーチン政権としては、“自分の庭”を中国に荒らされたくないという心境かもしれない。