澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -334-
2018年台湾統一地方選挙直前情報

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の如く、今年(2018年)11月24日(土)、台湾では、統一地方選挙と10項目の「公民投票」が実施される。とりわけ、前者は、2020年1月の総統選挙を占う意味でも重要である。
 統一地方選挙については、これまでに、いくつかの点が明らかになっているので、紹介したい。
 第1に、中国共産党による選挙干渉。
 台湾当局によれば、中国共産党の統一地方選挙への干渉(候補者にカネを渡す等)は、今まで33件が確認されている。
 中国共産党の同選挙に対するスローガンは「北柯南韓」である。すなわち「親中派」へ転向した現台北市長、柯文哲(無所属。スタンスは基本的に国民党と同じ)の再選と高雄市長候補、韓国瑜(国民党)の当選を目指す。
 ただし、中国共産党は、現在、「内憂外患」(アフリカ豚コレラの蔓延と「米中貿易戦争」)で自らの足元が揺らいでいる。それにもかかわらず、台湾への選挙干渉を行っている。
 また、よく知られているように、北京政府は財政赤字がGDPの300%以上もある。だが、台湾への選挙干渉にカネを使っている。
 習近平政権は、財政が苦しいので、おそらく人民元を過剰に刷っているに違いない。同時に、中国共産党は、輸入品の価格上昇による国内の物価高騰を抑制するため、外貨準備を使って「ドル売り、元買い」のオペレーションを行っている(最近は「心理的節目」である1米ドル=7人民元を突破させまいとして、1ドル6.90〜6.99元の間で取引を推移させている)。
 北京政府は、こんな“自転車操業”をいつまで続けられるのだろうか。
 第2に、長年、民進党を支持してきた台湾基督長老教会(以下、「長老会」。米国「福音派」に近いという)の同性婚に関する「公民投票」への怒り。
 今回、民進党は統一地方選挙と同時に同性婚に関する「公民投票」を行う。
 ところが、民進党の選挙支持母体である「長老会」が、同性婚に関する「公民投票」実施に反対している。そして、同党に対し“お仕置き”をするため、有権者に選挙自体のボイコットを呼びかけている。
 第3に、高雄市長選での韓国瑜の意外な善戦。
 泡沫候補と思われた韓国瑜(国民党)が、そのカリスマ性で、陳其邁(民進党)候補に肉薄している。ある世論調査では、韓の支持率が陳のそれを上回っているという。
 韓国瑜は、若い有権者を取り込むため、まずイデオロギー立場を脇に置き、高雄市を経済発展させると宣言した。その点は評価できる。だが、例えば、韓は、南シナ海の太平島(台湾が実効支配)周辺区域をボーリングして、油田発掘をするという。
 南シナ海の多くの島々は、領有権が未だ確定していない係争地である。台湾がボーリングなどできるはずはない。したがって、このアイデアはナンセンスだと言える。
 他方、韓国瑜は、陳其邁が高雄市で土地の不正取引を行っていたという作り話を、よく調べもせずSNS上に掲載した。
 結局、その虚偽は、シンガポール在住の人間(たぶん中国共産党員、もしくは、その親派)が韓国瑜へ送った事が判明している。
 まもなく韓国瑜は、その妄言をSNS上から削除した。もしかして、この韓国瑜の行為は、選挙妨害にあたるのではないだろうか。
 第4に「深いグリーン」の蔡英文政権への失望。
 「深いグリーン」(「独立志向」の強い民進党支持者)の有権者は、蔡英文政権に失望している。なぜなら、同政権が「新国家」樹立への道筋を明らかにしないからである。彼らは、これでは蔡政権は、国民党の馬英九政権と同じだと考えている。
 だが、これは蔡総統の無策というよりも、米国の意向ではないか。
 米国がいくら台湾防衛を表明していても、ワシントンとしては、台湾自ら、中国共産党を刺激して、中台戦争を起こして欲しくないだろう。台湾が「新国家」創建を宣言した途端、中国人民解放軍が、台湾侵攻を試みる公算が大きいからである。
 そこで、2016年1月の総統選挙前、蔡英文候補が訪米した際、ワシントンから、総統就任に当たり、その点(「新国家」創立のため、国名変更と新憲法制定を行う件に関して)に釘を刺されているに違いない。
 実際、台湾の生存は、決して正式な外交関係のある17ヶ国によるものではない。同国の生存は、米国の「台湾防衛の意志」による。残念ながら、「深いグリーン」の人々は、それを理解していない。
 一方、蔡英文総統も、決してこの事を公にはできない。結局、(中国が崩壊するか、民主化する)時が来なければ、台湾は「新国家」樹立へとは動きづらいだろう。
 蔡総統は、このジレンマを抱えながら、今週末の統一地方選挙に臨む。