澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -336-
習近平政権下で大学受験前の「政審」復活

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2018年)11月、重慶市(教育考試院)は、突然、大学受験生に対し「政審」(政治審査の略。原則、政治性の審査)を実施すると発表した。これにパスしないと、2019年の大学入試(日本のセンター試験に相当)を受けられないのである。
 「政審」とは、受験生が中国共産党の教え(マルクス・レーニン主義、毛沢東思想等)をしっかり学び、政治的に優れているかを審査する。また、受験生の素行に問題がないか、家族環境に問題がないかまでチェックする(因みに「政審」は、共産党への入党の際、或いは人民解放軍入隊の際にも行われているという)。
 「政審」は50年代から70年代にかけて厳格に行われていた。特に、「文化大革命」(以下、「文革」)時代、人物評価の際、最も重視されたのである。
 「文革」時、受験生は初めに「政審」でふるい分けられ、その後、大学入試を受けた。だが、既に「政審」の段階で、ほぼ合否が決定されていたという。従って、殆んど学力がなくても、大学へ入る事ができたのである。
 さて、重慶市は、現在、習近平主席の信頼の厚い陳敏爾市委員会書記が重慶市トップを務めている。陳敏爾は、昨2017年秋の党大会で、政治局常務委員(中国最高幹部)入りを逃した。だが、胡春華(現、国務院副総理)と共に、次世代を担う最高幹部の1人と目されている。
 重慶市以外では、福建省(教育庁)でも、11月、来年の大学受験生に対し「政審」を行うと公表した。現在、于偉国が福建省のトップである。元々、同省は、習近平主席の地盤とされる。かつて習主席が福州市委員会書記(市トップ)や福建省長を歴任していた。従って、于偉国も習主席の忠実なる部下と考えて良いだろう。
 そこで、陳敏爾と于偉国は習近平主席への忠誠心を示すために「政審」を実施したのではないか。しかし、重慶市と福建省の大学受験生にとっては、迷惑千万な話である。
 最近、女性らしき人物(紅拂女=「赤い売春婦」の意味か?)が書いたコラム「政審你大爺」(拙訳「政審閣下」)という「政審」批判がネット上に現れた。しかし、たちまち削除されたが、SNSで拡散されている。
 以下は、その内容のごく一部概略である。
 中国では大半の大学は公立である。国民は税金を納めているので、基本的に、誰でも入試を受ける権利があるはずではないか。受験生が「政審」でふるいにかけられ、受験できず大学へ行けないというのはおかしい。
 米国では、若い犯罪者は、刑務所で教育を受ける事ができる。そこで勉強し、社会で生きて行くスキルを身につけて行く。だから、彼らは、出所後、普通の社会生活を営む事が可能になり、再犯率も低下する。そうなれば、税金も無駄に使わずに済むし、納税者の安全も守られる。
 この批判文は、正鵠を射ているのではないだろうか。
 1977年、鄧小平の再復活とともに徐々に「政審」のウェイトが下がって行く。
 ところが、習近平時代になると、一転して再び「政審」が強調され始めた。おそらく習主席は「政審」を全国に広めるつもりだろう。つまり、政治優先の「文革」時代へ完全に逆戻りしているのである。
 結局、「政審」は、能力主義ではなく、政治思想重視主義、家柄優先主義である。そのため、実力がなくても社会的上昇が可能となり、大した能力のない人間が社会でトップの地位を占めるようになるだろう。こんな政策を推し進めていたら、中国社会は活力を失い、衰退の一途を辿るに違いない。
 他方、習近平主席は「文革」が懐かしく、第2の毛沢東になりたいという気持ちが強いのではないか。それでは、政治や経済において、的確な状況判断ができないだろう。
 実は、毛沢東主席の秘書を務めた李鋭(元党中央組織部常務副部長。習主席の父、習仲勲の親友)は、かつて習主席(浙江省トップ時代)に会っている。その時、李鋭は習主席の教育レベルが「小学生程度」だと思ったという。
 また、李鋭(満101歳)は、習政権の行っている(最高指導者の)終身制や個人崇拝を厳しく批判している。