澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -343-
華為問題をめぐる「米中貿易戦争」の本質

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 かつて米国は世界戦略上、ソ連邦と戦うため、長年に亘り、中国を経済的・軍事的に支援してきた。そして、ソ連邦崩壊後、一時的に米国は唯一の超大国として世界に君臨した。だが、新興の中国が徐々に米国の覇権に挑戦し始めたのである。
 2013年、オバマ米大統領は「もはや米国は世界の警察官ではない」と宣言した。これは、謂わば「パクス・アメリカーナ」(アメリカによる<世界>平和)の終焉を示唆したものである。現行の世界秩序を担ってきたアメリカが、その役割を終えようとしていた。
 一方、中国では、2012年秋、習近平総書記(後に兼国家主席)が「中華民族の偉大なる復興」を掲げて登場した。これは、大清帝国の復活を目指し、「パクス・シニカ」(中国による<世界>平和)を志向する戦略だった。歴史的に、既存の覇権国である米国と覇権国を目指す中国との間の覇権争いは、必至だったかもしれない。
 ただ問題は、新興の中国が既存の「近代法」による世界秩序を米国から“継承”する形ではなく、“破壊”しようとしている点にある。依然、中国は「近代化」されていない「前近代」的国家であり、謂わば「古代帝国」が現代に蘇ったとも言えよう。
 この「古代帝国」は西側の自由主義・民主主義・法の遵守・人権尊重等を殆ど無視し、「前近代」的な価値観で世界制覇を目指している。いくら西側諸国が、中国の巨大市場(かつては安い労働力)に魅せられても、“無法国家”が世界制覇するのを座視できないだろう。
 そこで、覇権国である米国が覇権国を目指す中国の前に敢然と立ちはだかったのである。2016年、米大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ候補が「再びアメリカを偉大にする」(“Make America great again”=MAGA)というキャンペーンを展開した事は記憶に新しい。そして、トランプは大統領就任以来、MAGAを掲げ、中国に対決姿勢を見せている。
 他方、習近平政権は「集中と選択」を行い、AI(人工知能)や通信機器等の先端的分野で、米国を凌駕しようとした。後者では、通信機器メーカーファーウェイ(華為技術)やZTE(中興通訊) が象徴的な存在である。
 これらの企業が、各国で合法的活動をしている限り、何ら問題はない。けれども、周知の如く、知的財産権を侵害する形で、米国等の利益を著しく損ねている。
 とりわけ、ファーウェイの場合、自社製品に「スパイウェア」を仕込んでいるという。また、これらの企業は、表向きは民間企業を装っている。だが、基本的に国策会社なので、事実上、国有企業(正確には「党有企業」か)と考えられよう。
 昨今、カナダにおける孟晚舟ファーウェイCFO兼副会長の逮捕劇は、以上の文脈から捉えられるべきではないか。すなわちトランプ政権は、そう簡単に米国は中国に覇権を渡さないという意思表示に他ならない。
 実は、習近平政権が誕生してまもなく、経済学者の胡鞍鋼清華大学教授らが、「すでに中国は米国を凌駕している」と声高に叫び始めたのである(だが、胡鞍鋼は同大学OBらから“大学の恥”と非難され、辞職するよう勧告されている)。
 中国が、一部の分野で米国と肩を並べるほど実力をつけているのは事実かもしれない。しかし、総合力では、未だ米国に劣るだろう。
 例えば、自然科学系ノーベル賞受賞者数を持ち出すまでもなく、中国は“創造性”に欠ける(中華人民共和国誕生以来、中国籍のノーベル賞受賞者は屠呦呦1人しかいない)。そのため、西側の技術を盗むのである。
 ところが、習近平政権は何を勘違いしたのか、胡鞍鋼らの主張に乗せられて、米国に対し科学技術や軍事的分野でチャレンジを開始した。
 仮に、習政権が胡錦濤政権の掲げていた「平和的台頭」を看板にして、もう少し慎重に行動し、かつ我慢(「養光韜晦」=脳ある鷹は爪を隠す)していたとしよう。そうすれば、米国をはじめ西側諸国は、北京の世界戦略(米国に代わって覇権国になる)を見抜くのは難しかったかもしれない。
 中国は自分の身の丈を知らず、米国に対し時期尚早の行動を起こしてしまった観がある。そのため、米国に徹底的に叩かれる事態に陥った。完全に勇み足だったのである。