澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -348-
中国の「アフリカ豚コレラ」続報

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2019年)の干支は、「イノシシ」(亥)である(猪は中国十二支の最後の動物)。日本では猪と書くとイノシシだが、中華文化圏では猪と書けば、ブタの意味となる。従って、猪肉は“イノシシ肉”ではなく“ブタ肉”である。その「イノシシ」年に、“ブタ肉”をめぐり、中国大陸では深刻な事態に陥っている。
 よく知られているように、中国が豚肉の最大生産国であると同時に、最大消費国でもある。ところが、既報の通り、同国内では「アフリカ豚コレラ」(人間には無害だが、致死率はほぼ100%。以下、ASF)の拡大が依然、続いている。
 今年の春節は2月5日から始まる。昨年、中国31省市のうち、23省市でASFが蔓延していたが、旧正月を前にして、その猛威が止むことはなかった。
 まず、1月13日、甘粛省が“陥落”し、次に、同19日、寧夏回族自治区も“陥落”している。全部で25省市が“陥落”した。実に、全体の8割を超える省市にASFが拡がっている(中国当局は、ASFに感染した豚91.6万頭をすでに殺処分にしたと発表しているが、本当の数は不明である)。
 昨年(天津宝迪農業科技股份有限公司傘下にある)「天津恩彼蛋白質公司」の豚飼料の中にASFウイルスが含まれていた事が知れた。
 更に、年明けに、(福建安井食品股份有限公司の子会社である)江蘇省泰州安井食品有限公司のミートボールにASFウイルス混入の疑いが持たれている。そのミートボールは、2017年には9000千トン販売され、グループ全体の2.56%の売上にのぼるという。
 仮に「米中貿易戦争」の影響で、習近平政権がブタ肉の輸入先を米国からロシアへ切り替え、そのロシアからASFが侵入し中国全土に蔓延したとすれば、何と皮肉な事か。
 同様に、昨2018年、中国共産党は、「米中貿易戦争」下、対米ブタ肉関税を62%にまで引き上げた。昨秋来、その高いブタ肉を米国から輸入せざるを得ないというのも、皮肉以外、何物でもない。
 一方、周知の如く、大豆は豚の肥料に欠かせない。昨年7月、中国は大豆に関しても25%の対米追加関税をかけた。そのため、ブラジル産大豆をはじめ、大豆が値上がりしている。
 実際、中国では、昨年通年の消費者物価(CPI)は、前年と比べて2.1ポイントも上昇した。因みに、一昨年(2017年)通年では、前年比1.6ポイント上昇である。
 近年、中国では、投資・消費が落ち込んでいる。その中で、物価が上昇するのは、典型的なスタグフレーションの兆候ではないか。
 最近、漸く習近平政権は、重い腰を上げ、ASFのワクチン製造に取りかかった。しかし、「時すでに遅し」の感がある。スペインは、1960年、ポルトガルから侵入したASFを撲滅するまで、35年もかかった。台湾獣医学界の権威、頼秀穂が指摘したように、中国は今後、数十年間、或いは、百年間、ASFに悩まされ続けるかもしれない。
 実は、中国に続いて、今年1月14日、モンゴルにまでASFが侵入している。ロシアは一昨年(2017年)来、ASFが蔓延していた。そして、昨年は中国である。地理的に、その間に挟まれたモンゴルは、厳しい環境に置かれていた。
 他方、台湾政府は、ASFに対し、厳戒体制を敷いている。一旦、島内にASFが侵入すれば、瞬く間に被害が拡がるだろう(香港やマカオも台湾と同じ状況である)。
 まず、昨年大晦日、アモイの対岸の金門島にASFに感染した豚の死骸が打ち上げられた。台湾当局に緊張が走った。
 次に、新春4日、再び金門島に豚の死骸が打ち上げられたのである。だが、幸いな事に、検査の結果、それはASF陰性だった。
 そして、1月17日、今度は馬祖諸島の無人島へ豚の死骸が打ち上げられた。しかし、こちらはASF陽性だったのである。
 目下、同月11日に就任したばかりの蘇貞昌新行政院長は、このASF対策に傾注している。但し、台湾がASFを防ぎ切れるか否か、微妙な情勢ではないか。
 ところで、今年1月3日、中国の月面探査機「嫦娥4号」が、月の裏側への軟着陸を成功させたという。中国共産党は、国威発揚と同時に、その科学力を世界に誇示する結果となった。
 けれども、一方、国内では同党はASFの拡大を止められない。その防御に四苦八苦している。これこそが、先進性と脆弱性を併せ持つ中国の真の姿だろう。前者だけ見ている限り、同国を理解しているとは到底言えないのではないか。