レーダー照射事件 曖昧な決着は戦争の火種を作る

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政策提言委員・元航空支援集団司令官 織田邦男

レーダー照射は危険な行為
 昨年12月20日、石川県能登半島沖の日本の排他的経済水域内で、海上自衛隊P-1哨戒機が任務遂行中、韓国海軍駆逐艦「広開土大王艦」から複数回にわたって火器管制レーダーを照射された。事態を重く見た岩屋毅防衛大臣は翌21日、記者会見を開き、事件の内容を公表し「極めて危険な行為だ」と批判した。防衛省は更に海自機が収集したデータについて詳細な分析を行い、当該照射が火器管制レーダーによるものと断定。22日、韓国側に再発防止を強く求めた。
 火器管制レーダーは艦砲の照準やミサイルの誘導に使用されるものである。従ってこのレーダー照射は、いわば引き金に指をかけたまま、人のこめかみに銃を突きつけるようなものであり、非常に危険な行為である。国際的にも「急迫不正の侵害」と認定される行為であり、個人なら正当防衛で、軍隊なら自衛権行使で反撃しても免責される。
 韓国の有力紙も「同じことを韓国軍が自衛隊からされたら、もっと深刻な対応を取るだろう」と述べ、韓国軍なら即時攻撃するだろうとの識者談話を載せている。一件些細なことにも見えるが、こういう些細な切っ掛けから戦争に発展することは、多くの歴史が証明している。
 だからこそ、国際社会は条約や規範を策定して、不測事態発生防止に努めてきた。国際海事機関 (IMO:International Maritime Organization)によって制定された「国際海上衝突予防規則(COLREG: Convention On the InternationaL Regulations for Preventing Collisions at Sea)」や西太平洋海軍シンポジウムで合意された「海上衝突回避規範(CUES: Code for Unplanned Encounters at Sea)」がそうである。COLREGは条約であり法的拘束力はあるが、常識的な事しか書かれていない。これに対しCUESは21か国の海軍によって合意されたものであり、より具体的な行動規範が規定されているが、あくまで合意規範であるため法的拘束力はない。
 CUESの中に「砲やミサイルの照準、火器管制レーダーの照射、魚雷発射管やその他の武器を多の艦船や航空機がいる方向に向けない」との項目がある。今回の韓国海軍による火器管制レーダーの照射は、明確なCUES違反である。法的拘束力がないとはいえ、韓国を含む21か国の海軍によって合意された意味は重い。
 防衛省公開の映像にあるように、海自P-1哨戒機のレーダー警戒装置が作動し、発信源を特定したのだから広開土大王艦が火器管制レーダーを照射した事実は疑いようがない。広開土大王の艦内で何があったのか。韓国海軍は徹底した調査を実施し、再発防止策を示さねばCUES合意国の資格はない。
 日本は韓国側に対し、再三にわたりファクトを提示し、今後の不測事態防止のための再発防止策を求めているが、韓国はその事実すら認めようとしない。事実を認めない限り、反省もなければ調査も行われず、再発防止策は出てこない。

曖昧決着はあり得ない
 韓国メディアは「安倍晋三首相の支持率が下がっており、支持率挽回に向けて反韓感情を利用するため、韓国に強硬な姿勢を見せている」といった全く的外れな批評を流し、国防省は「謝罪するのは日本側だ」と韓国特有の「逆切れ」現象まで起こす始末だ。
 日本側からも「大人の対応を」「落としどころを考える必要がある」といった曖昧決着を求める声も出始めているが、事の本質や重大性が分かっていない。まかり間違えば犠牲者が出て、紛争に発展しかねない事件なのである。国際社会で合意されたことが、いとも簡単に破られるようであれば国際秩序は保てない。曖昧決着すればこれが前例となり、結果的にCUESを有名無実化してしまうことになる。紛争の火種は消しておくというCUES精神に立ち返り、各国が合意を厳守する環境造りを日本は後押ししなければならない。日韓関係でこれまでよく採られてきた曖昧決着は禁物なのである。
 韓国側の主張はその都度大きく揺れ動き、韓国国防省内での混乱がみて取れる。韓国海軍の現場と国防省との意思疎通はどうも十分にとられていないようだ。もし現場と中央との事実認識に乖離があるのであれば由々しきことである。現場と中央の絆が切れた軍隊ほど危ういものはない。
 12月21日、防衛大臣が記者会見で事実関係を公表すると、韓国側は「一切のレーダー電波放射はなかった」と主張した。これに対し、防衛省が「照射を受けたことを示すデータが証拠として残っている」と述べたところ、韓国国防省は一転して「遭難船舶の捜索の為にレーダーを運用したが、日本の哨戒機を追跡する目的で運用した事実はない」と主張を微妙に変化させた。その後「北朝鮮船舶捜索のために火器管制レーダーを可動させたが、瞬間的に日本の哨戒機が入り込んできた」と述べた。
 この対応をみれば、国防省は現場と調整していないことが分かる。火器管制レーダーを捜索用に使用することは常識的にはあり得ない。現場が聞いたら赤面するはずだ。防衛省は「広い範囲を遠くまで見渡すことのできる、海面捜索用レーダーと違い、標的とする航空機に電波を当てる射撃管制用レーダーは、船の捜索に適していない」と反論したが、これは正しい。

常套手段、「論点ずらし」
 24日になって韓国国防省はまた一転、カメラは使用したものの、「レーダーは照射していない」と反論してきた。慌てて現場と調整したのかもしれない。カメラというのは火器管制レーダーに付属する光学カメラの事である。火器管制レーダーに連動して使用するのが普通であり、レーダーで捕捉した目標を、光学カメラで確認(敵味方識別)するのだ。もし光学カメラで見れば海自哨戒機だと即座に分かったはずであり、火器管制レーダーはその時点で止めなければならない。
 防衛省はこの発表に対しても「事実関係の一部に誤認がある」と反論し「収集したデータを基に当該駆逐艦から発せられた電波の周波数帯域や電波強度などを解析した結果、海自P-1が、火器管制レーダー特有の電波を、一定時間継続して複数回照射されたことを確認しております」と述べている。「複数回」というのは「意図的」以外にあり得ない。
 海自哨戒機が受けた照射は「火器管制レーダー特有」の持続波(捜索レーダーは周期波)であり、しかも一定時間継続した照射を複数回受けている。これは目標を追尾していることを意味し「瞬間的に哨戒機が入り込んできた」といったことはありえない。
 広開土大王艦からの火器管制レーダー照射は隠しようのない事実となっているのだが、韓国国防省は1月4日、反論する動画を公開した。動画の中で、「日本の哨戒機に向けた火器管制レーダーの照射はなかった」と重ねて否定した上で、「日本の哨戒機が、人道主義的救助作戦中の艦艇に対し、非紳士的な偵察活動を続け、救助作戦を妨害する深刻な威嚇行為をした」と論点をずらして「謝罪」を求めてきた。自分たちが反論できなくなると、「騒ぎすぎ」とかいって論点をずらし、相手に責任を転嫁して被害者ぶるのは彼の国の常套手段である。
 韓国の公開動画は最初の約10秒間は韓国側が撮った動画であるが、残り全ては防衛省が公開した動画を再利用している。違うのはいかにもオドロオドロしいBGMを入れたところである。動画は「日本は人道主義的な救助作戦の妨害行為を謝罪し、事実歪曲を直ちに中断せよ!」から始まり、報道官のコメントが入る。
 「(日韓)当事者間の速やかな協議を通じて、相互の誤解を払しょくさせ、国防分野の協力関係発展を模索しようという趣旨で、実務映像会議を開催してから、わずか1日で日本側が映像資料を公開したことについて、深い憂慮と遺憾を表明します。重ねて強調したように、広開土大王艦は正常な救助活動中だったほか、わが軍が日本の哨戒機に対して、追跡レーダー(STIR)を運用しなかったという事実は変わりません」
 いつの間にか光学カメラ付きのSTIRまで運用しなかったことになっている。その後「大韓民国海軍が問う 日本の海上自衛隊の目的は何か?」「2018年12月20日15時頃、東海(日本海)海上 広開土大王艦は漂流中の捜索船舶に対し、人道主義的な救助作戦を遂行していた」「人道的な救助作戦が進行中、日本の哨戒機が低高度で進入した」とテロップが流れ、豆粒のような海自哨戒機が右から左に海上を飛行する場面が流れる。
 韓国側が撮ったこの場面を拡大すると海自哨戒機の飛行高度が概ね推定できる。画像に見る飛行高度はP-1哨戒機の全長の7~8倍であることが分かる。全長が38mであるので、高度は約250m(38×7=266)であろう。韓国が公開した画像によって、自らが「低高度」と非難する150mという根拠を覆している。墓穴を掘っているのだ。
 その後、4つの論点に分けて主張する。1番目として「1 日本の哨戒機は何故、人道主義的な救助作戦の現場で低空の威嚇飛行を行ったのか?」とテロップが流れ「日本の哨戒機は広開土大王艦の150m上、距離500mまで接近 艦艇の乗員らが騒音と振動を強く感じるほどに威嚇的でした」と出る。やたら「人道」の文字が出てくるのが特徴である。
 このテロップだけでもツッコミどころ満載である。先ず、能登半島沖で「人道主義的な救助作戦」なら何故、日本の海上保安庁に連絡はなかったのだろう。日本にバレると不都合なことでもあったのだろうか。防衛省はこれもしっかり問い正す必要がある。

「威嚇」なら問いかけろ
 日本近海に国籍不明の艦船が出現すると、哨戒機が接近して確認するのは当然だ。ただ、韓国側の映像にあるように、高度はせいぜい250m程度である。百歩譲って「艦上150m、距離500m」だとしても、世界の海軍の基準であり全く問題はない。「艦艇の乗員らが騒音と振動を強く感じるほどに威嚇的でした」とあるが、約250mというのは、自衛隊観閲式で飛ぶ観閲飛行とほぼ同高度である。総理大臣が観閲する観閲飛行が「騒音と振動を強く感じるほどに威嚇的」であるはずがない。まして戦闘機ではなく哨戒機なのだ。
 映像でも確認できるが、防衛省の発表にもあるように駆逐艦の直上は飛んでいない。直上を飛べば映像は撮れないし、艦の確認もできない。これで威嚇飛行だと叫んでも世界の専門家を納得させることはできないだろう。もし「威嚇」と感じたならば海自が実施したように、何故、緊急周波数で海自哨戒機に問いかけなかったのか。まさにツッコミどころ満載である。最後に「非紳士的な偵察活動を継続し、広開土大王艦の人道的な救助作戦を妨害する、深刻な威嚇行為を行いました」「日本の哨戒機がわが軍艦上をなぜ低空で威嚇飛行をしたのか?日本は回答しなければならない」とあるから思わず吹き出してしまう。だがいくら馬鹿馬鹿しくとも、防衛省は忍耐強く誠実に回答してやる必要がある。
 2番目として「2 日本が国際法を順守したと主張しているが果たして事実だろうか?」と流れ、防衛省が「国際法に基づいて安全な高度と距離を保って活動した」という主張に疑問を呈す。
 そもそも軍用機については、国際民間航空条約は適用除外である。この条約を国内法にした航空法についても、有事にあっては、自衛隊機は適用除外になる。国内法が及ばない公海上であっても、平時には自衛隊は航空法(=国際法)を順守して飛んでいる。今回も航空法施行規則第174条にある最低安全高度、「人又は家屋のない地域及び広い水面の上空にあつては、地上又は水上の人又は物件から百五十メートル以上の距離を保つて飛行することのできる高度」を飛行しているわけである。
 それを「国際民間航空条約は軍用機に適用しないと明確に規定しています」として「日本は国際法を恣意的に歪曲して解釈しています」と主張する。もっと低く飛べるのに「国際法」を理由に低く飛ばないのはおかしいと言わんばかりの言いぐさに、思わず唖然とさせられた。もしかして、国際法を守って飛ぶ方が、より安全な基準を課せられていることを理解していないのだろうか。韓国海軍も含め、どこの国の海軍も平時はこの基準を準用して飛んでいる。まさに支離滅裂であり、自分の首を絞める主張である。国防省にはパイロットはいないのかと突っ込みたくもなる。本来は公海上でもあり、もっと低く飛べる海自哨戒機が、航空法の規定を朴訥に守って任務をしている現状は称賛されこそすれ非難される謂われはない。

専門家は騙せない
 3番目は再度「広開土大王艦は日本の哨戒機に向かって射撃統制・追跡レーダー(STIR)を照射しませんでした」と再び主張する。だが、なんら裏付けがない。そして「日本が公開した映像に日本の哨戒機はレーダー電波を探知したと主張しながらも、依然として広開土大王艦の周囲を飛行しました」と述べ「もしも広開土大王艦が日本の哨戒機に向かって追跡レーダーを作動していれば、日本の哨戒機は直ちに回避行動をしなければならない」とし「広開土大王艦側で再び接近する常識外の行動をみせました」と海自を非難する。
 防衛省の映像では海自哨戒機はレーダー照射を探知した時、一旦旋回を止めた後、状況を確認するため再度、接近している。先ずは艦砲の向いている方向を確認して安全を確かめた後、レーダー照射の意図を確認する無線交信を試みている。CUESには「他国船と予期せぬ遭遇をした場合、無線で行動目的を伝え合う」ことが規定されており、海自はCUES通りの行動をとったのだ。レーダー照射を受けたなら立ち去るべしと言わんばかりの主張には、本来その意図であったのではと勘繰られてもしようがない。
 4番目に「日本の哨戒機の通信内容は明確に聞こえませんでした」と述べ、海自の問いかけに対して返答しなかったことを正当化する。「日本側が試みた通信は雑音がひどく、広開土大王艦ははっきりとは聞こえませんでした」として、広開土大王艦で受信されたとする通信音声を流している。これが加工されたものでないとしても、雑音は多いが、十分聞き取れる音声である。聞き取れないないならBGMの音量を下げたらどうか、とジョークの一つも言いたくなる。普通、聞き取れなかったら、「Say Again(再送せよ)」くらいは言うはずだ。
 このように韓国側の反論映像はツッコミどころ満載で専門家が観ると唖然とする代物である。これじゃ茶の間の素人は騙せても、専門家は決して騙せない。他国の専門家も同じ感想を持っているだろう。映像の最後に「もしも日本側が主張する追跡レーダーの証拠(電子波情報)があれば、両国間の実務協議で提示すれば良いでしょう」とまで述べる。

韓国軍はまともだったのに
 報道によると電波情報を「秘」に指定して実務者同士で内密にみせることを検討中だそうだが、それは止めた方がいい。波形を含む電波の詳細を公開しても韓国は認めないだろう。となると海自の探知能力だけが明らかになるリスクがある。電波情報は詳細でなくとも、探知した周波数帯を公開するだけで事足りる。火器管制レーダーはXバンドかKuバンドであり、この駆逐艦の捜索レーダーはCバンドだからすぐに分る。
 どうしても韓国側が認めない場合、海自の探知能力が分からないよう工夫した上で、電波情報の全てを国際社会に公表すればいい。そうすればこの火器管制レーダーはもはや有事には使えなくなる。容易に電子妨害を掛けられるからだ。最もダメージを受けるのは韓国海軍であり、その条件を韓国側が飲むとは思われないが・・・。
 それにしても韓国海軍はどうしてしまったのだろう。筆者が現役の頃、日韓関係がギクシャクしても自衛隊と軍の関係だけは比較的まともであった。防衛交流も定期的に実施し、意見交換も頻繁に実施していた。だが今回の事件をみると、あの頃の韓国軍はどこへ行っちゃったのかと溜息が出る思いだ。レーダー照射は暴挙であり、いかにも素人っぽい反論しか出せず、プロとしての韓国海軍の影が微塵もみられない。韓国海軍が映像作成に絡んでいたとしたら、あんな稚拙で恥ずかしい編集にはならないはずだ。
 国防長官の鄭景斗氏は元韓国空軍の将官であり戦闘機パイロットだった。彼が「最低安全高度」の規定について知らないわけがない。どの程度の飛行が威嚇飛行にあたるか、戦闘機パイロットだった彼が最もよく知っているはずだ。彼は航空自衛隊幹部学校に2度の留学経験がある知日派である。「にも拘らず」いや「知日派であるがゆえに」沈黙を余儀なくされているのかもしれない。文在寅政権では、親日派のレッテルを張られた途端、国防長官を罷免されるばかりでなく、犯罪者にされかねない。韓国軍はもはや友好国の軍隊とは言えない。今後、防衛省はそのつもりで付き合った方がいいだろう。

反日無罪を払しょくせよ
 いずれにしても、この問題は決して曖昧な決着をしてはならない。これまで事があるたびに、曖昧な決着をして日本に対する甘えを増長させてきたことは否めない。日韓関係に横たわる最大の問題点である。日本に対しては何をやってもいい、日本との間なら国際条約を破ってもいいといった「反日無罪」的発想を払しょくさせる良い機会である。
 従軍慰安婦支援の「和解・癒やし財団」の解散、海自旭日旗の排除問題、元徴用工への賠償判決、そして今回の火器管制レーダー照射事件等々、日韓関係はこれまでにない厳しい状況にある。1月10日、文在寅大統領は年頭記者会見で、これに輪をかけたように当事者意識のない日本批判を行った。支持率が下がりだすと反日パフォーマンスを繰り返す歴代大統領のパターンがまた始まったようだ。だがこれは、日本のこれまでの曖昧な振舞と毅然とした姿勢の欠如が生み出したツケである。今回のレーダー照射事件の曖昧決着は、ツケを更に肥大化させ、将来の大きな日韓紛争の火種を作ることになりかねない。日本はこのことをしっかり自覚する必要がある。


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織田 邦男(おりた くにお)
 1952(昭和27)年、兵庫県生れ。1974年、防衛大学校(第18期航空工学専攻)卒業。航空自衛隊入隊。F4戦闘機操縦者として第6航空団勤務。83年、米空軍大学留学。1990年、第301飛行隊長。1992年、米スタンフォード大学客員研究員。1999年、第6航空団司令。2001年、航空幕僚監部防衛部長を経て2005年、空将。2006年、航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)。2009年、退官。現在、JFSS政策提言委員。三菱重工㈱顧問。