澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -358-
突っ込み所満載の全人代「政府活動報告」

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2019年)3月5日、中国では全国人民代表大会(全人代)が北京で開催された。初日には、李克強首相による「政府活動報告」が行われている。
 内容は盛り沢山だが、率直に言って、あまり中身がない。また、矛盾点が多く、突っ込み所満載である。内容が多岐に亘るので、その一部だけを紹介したい。
 第1に、中国共産党は、相変わらず経済成長率を6%以上としているが、これは明らかに“偽り”の数字だろう。
 ここで、日米両国と中国を比較してみよう。そうすれば、ある程度、3国の経済状況をイメージできるのではないか。
 昨2018年末、我が国の経済は前年(2017年)9月の時点で、「いざなぎ景気」を超えた。戦後2番目の長さの“景気回復”だという。しかし、多くの庶民は、1%台の成長率で、「いざなぎ景気」超えと言われても、殆んど実感がないだろう。
 仮に、日本経済が毎年6%台の成長率を遂げているとしよう。現在、“活況”を呈し、国中が沸いているに違いない。
 他方、米国の成長率は、トランプ政権誕生以来、年率2~3%の間で推移している(2018年第2四半期には、年率換算で前期比4.1%増という高い伸び率を達成)。それでも、米国は十分“好況”だと言われる。
 中国という経済体(GDPが日本のおよそ2倍、米国の約半分)が、日米と体制が異なるとはいえ、本当に年率6%の成長を続けているならば、“好景気”のはずである。
 それにもかかわらず、中国共産党は、なぜ減税をしてまで、景気を刺激しなければならないのか。北京が公表している6%という数字が“偽り”であり、景気が良くないからだろう(向松祚中国人民大学教授によれば、成長率は良くて1%台、悪ければマイナス成長)。
 まさに、李報告で公にされた通り、中国経済は厳しい状況下にある。
 第2に、習近平政権が減税政策を採った場合、その補填すべき収入源をどこに求めるのだろうか。
 中国の財政赤字(中央政府・地方政府・国有企業の合計)は、すでにGDPの300%にも上るという。北京は、財政赤字を更に拡大してでも、様々な形の減税で景気回復を図ろうとしている。
 首尾よく、減税の効果が出てきて、景気が上向き、財政収入が増加すれば、中央政府の思惑通りとなるだろう。
 けれども、場合によっては、減税が景気回復に繋がらない恐れもある。すると、単なる「バラマキ」に終わる可能性も排除できない。
 第3に、李報告では、「サプライサイド構造改革」(「官から民」への小さな政府を志向)を謳っている。
 しかし、これは“偽り”の看板であり、習近平政権は180度反対の「デマンドサイド経済学」(いわゆる「ケインズ経済学」で、「民から官」への大きな政府を志向)を実行している。おそらく習政権経済政策の致命的欠陥は、「国有企業偏重」にあるのではないか。
 第4に、李報告によると、大学新卒者、退役軍人、農民工に、新たな雇用を創出すると指摘している。
 とりわけ高技能分野の人材不足を研修によって解決するという。だが、そのためには高等職業訓練校で学ばなければならない。大学新卒者ならば、その訓練を受け、高い技能を身につける事が十分可能である。
 しかし、果たして退役軍人や農民工にそれができるだろうか。年齢的にも、知的レベルにおいても、大きな疑問符が付く。
 第5に、李報告では、習政権が大気汚染・水質汚染・土壌汚染に対し、真剣に取り組む覚悟を示している。その点は評価できよう。だが、二酸化硫黄と窒素酸化物を3%減らすと言っても、その程度でPM2.5やPM10は減少するだろうか。かなり難しいだろう。
 経済成長しながら、同時に、環境問題を解決するのは容易ではない。それを達成するのは至難の業ではないか。
 第6に、李報告では、「ゾンビ企業」を法によって処理するという。
 もし、「ゾンビ企業」を清算したら、大量の失業者が生まれる。目下、社会が騒然としている時期に、大量の失業者を出せば、更に社会は不安定化するだろう。「ゾンビ企業」は中国にとっての宿痾であり、簡単には解決できない。
 第7に、李報告によれば、習政権は、外資の市場参入条件を緩和し、多くの分野で外資による「独資」を認めるという。
 これは、米トランプ政権が北京に圧力をかけたので、中国共産党としても、一部譲歩せざるを得なかったのだろう。但し、習政権が外資に対し、本当に新規市場参入を認めるか否か、今後の推移を見なければ分からない。