米韓合同軍事演習の終了に伴う諸問題
(我が国が覚悟すべき朝鮮半島の大激変)

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政策提言委員・元陸自東部方面総監 渡部悦和

 米朝首脳会談が終了した直後の4月2日、米国のパトリック・シャナハン国防長官代行と韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相が、毎年春に実施していた大規模な米韓合同軍事演習を終了すると発表した。この米韓合同軍事演習は、実働演習(実際に部隊が行動する演習)である「フォールイーグル(Foal Eagle)」と指揮所演習(コンピューターや指揮統制通信システムを利用した指揮所の演習)「キーリゾルブ(Key Resolve)」である。今後は規模を縮小した新たな訓練に衣替えすることになる。
 これら2つの演習は米韓合同演習における最大の演習であり、昨年8月に予定されていた乙支(ウルチ)フリーダムガーディアンも中止されたので3つの大きな演習が全て中止されることになる。大規模演習全ての中止は、一般の人が考える以上に各方面に大きな影響を与えることになる。当然、我が国も大きな影響を受けることになるので、今回の演習中止の影響について考察してみた。

トランプ大統領のツイート
 ドナルド・トランプ大統領は3月4日のツイッターで、「軍事演習―私はウォーゲームと呼ぶ―については金正恩委員長との会談で話されたことはない。フェーク・ニュース!(米韓合同軍事演習の中止に関しては)ずっと前に決断していた。何故なら、それらの“ゲーム”には余りにも多額の金がかかるし、膨大な経費は返済されないからだ。」とツイートした。米韓合同軍事演習でも最も大規模で最重要な演習を蔑むかのように“ゲーム”と呼び、そんな金食い虫のために多額の金は使えないというのだ。
 トランプ大統領は、米国が70年以上の年月をかけて築き上げてきた米国の前方展開戦略に関する基本的な認識を欠いている。米国の前方展開戦略は、米国の国益に基づき世界中で構築してきた同盟関係や友好関係の根拠になっている。日本に在日米軍を配置しているのも、韓国に在韓米軍を配置しているのも、米国の国益に沿った措置であり、米国主導の世界秩序を支える貴重な存在だ。
 しかし、トランプ大統領にとって、同盟関係は負担以外の何物でもないかのように振る舞っている。米国にとっての金銭的な損得のみで同盟関係を判断することは、将来に禍根を残すように思えてならない。
 米国の著名なシンクタンク「外交問題評議会(Council on Foreign Relations)」のリチャード・N・ハース会長は、3月4日付のツイッターで、「(演習費用の)計算は意味をなさない。米国の国防費7000億ドルの中の(米韓合同演習経費)1400万ドルを節約することにより次のような問題が発生する。米軍の即応性が低下する。米国の日本や韓国との同盟関係を弱体化させる。北朝鮮がリスクを取りやすくなる。韓国の北朝鮮に対する経済制裁破りに導く。日本が米国への依存を再考するようになる」と批判している。このハース会長の指摘は本質をついていると思う。

「フォールイーグル」と「キー・リゾルブ」の価値
 そもそも、今回の中止の対象になったフォールイーグルとキーリゾルブとはいかなる意義を有する演習であろうか。
 まず、フォールイーグルは、世界最大の実動演習と言われていて、後方地域の安全確保・安定作戦、前方地域への重要物資の推進、特殊作戦、地上機動、水陸両用作戦、戦闘航空作戦、海上作戦、特殊作戦部隊への対処作戦などの広範な作戦を実施する。米軍の参加者は数万員、韓国軍の参加者は数十万人(最大で50万人参加)であり、いかに大規模な演習であるかが分かる。
 次いで、キーリゾルブについて説明する。キーリゾルブは、実動演習ではなく指揮所演習であり、韓国防衛を支援する米インド太平洋軍の作戦計画に基づいて行われている。指揮所演習の主たる目的は、指揮官の指揮統制能力の向上、幕僚の幕僚活動の能力の向上、米軍と韓国軍の調整能力の向上などだ。
 フォールイーグルは2001年以降、キーリゾルブの前身であるRSOI(Reception, Staging, Onward movement, and Integration)演習と一体となって実施されることになった。RSOIの各段階を説明すると、米軍を韓国内に受け入れる(reception)段階、韓国内で部隊と兵器を合体させる(staging)段階、部隊を朝鮮半島内の所定の戦略的位置に移動させる(onward movement)段階、既に到着した部隊と新たに到着した部隊を統合する(integration)段階がある。つまり、RSOI演習では、米国本土等から到着する米軍を受け入れてから全ての部隊を戦力発揮できる状態にする段階までを訓練する。
 このRSOIは、2008年にキーリゾルブと名称変更になったために、それ以来フォールイーグルとキーリゾルブが一体となった大規模演習が行われてきた。

金正恩委員長が最も恐れた演習がフォールイーグルとキーリゾルブ
 北朝鮮との交渉の歴史を振り返って明らかなことは、「力を信奉する北朝鮮には、力を背景とした交渉しか機能しない。北朝鮮に対して融和的な交渉は機能しない」という事実だ。
 トランプ大統領は2017年末まで、「北朝鮮に対する最大限の圧力をかける」と主張し、その通りに行動してきた。その最大限の圧力路線こそが金正恩体制に大きな影響を与え、核実験の中断や弾道ミサイル発射実験の中断をもたらしたと思う。
 最大限の圧力の中で最も重要な手段が「国連の経済制裁」と軍事的圧力であった。軍事的圧力の中で大きな効果があったのは大規模演習フォールイーグルとキーリゾルブの実施である。金正恩委員長が最も恐れた事態は、演習であるフォールイーグルとキーリゾルブがそのまま実戦に移行し、米韓連合軍が北朝鮮を攻撃する事態だった。金委員長は、自らが殺害される事態を恐れるからこそ、強硬にこの大規模演習に反対してきたのだ。この合同演習を中止することは、金委員長に大いなる安心感を与えることになる。

大規模演習の中止は皮肉にも北朝鮮の非核化を難しくする
 まず金委員長が核ミサイルを放棄することはないことを再認識すべきだ。金委員長は、核ミサイルの保有が自らの体制を維持する最も有効な手段であると確信している。だから今まで米国の軍事的圧力に抵抗し、国連の経済制裁を受けても核ミサイルの開発と保有を続けているのだ。
 フォールイーグルとキーリゾルブが中止になり、大きな脅威がなくなった金委員長が北朝鮮の完全な非核化に応じるとはとても思えない。トランプ大統領が期待する「大規模演習中止が緊張緩和をもたらし、結果的に北朝鮮の非核化を推進する」とは私にはとても思えない。
 米国の北朝鮮への対応は、「全ての選択肢がテーブルの上にある」という「北朝鮮に対する最大限の圧力路線」に戻るべきだと私は思う。

大規模合同軍事演習中止に伴う米韓連合軍への悪影響
●演習をしない軍隊は使い物にならない
 訓練や演習をしない軍隊は、有事の際に使い物にならない。私は自衛隊の現役時代、「練磨無限」を合言葉にして訓練や演習に励んできた。訓練に訓練を重ねることにより、有事に能力を発揮する精強な部隊が出来上がるという確信があった。
 自衛隊での勤務が長くなり、階級が高くなって連隊(約1000名規模)、師団(数千名規模)、方面隊(数万規模)を指揮する立場になって初めて大部隊の演習の重要性が分かってきた。若い小隊長や中隊長の時代にも確かに訓練に励み、その階級における訓練で多くのことを学んだが、大部隊を指揮統率するためには別の能力が必要だと痛感したものだ。その能力を鍛えるのが大部隊の演習なのだ。
 「フォールイーグル」や「キーリゾルブ」は、米韓合同演習で最大の演習であり、米軍と韓国軍の大部隊指揮官や幕僚の能力を高める非常に貴重な機会だ。その演習の機会がなくなることは、間違いなく米軍や韓国軍、特に韓国軍の能力を低下させる。
●演習を実施しないと米韓合同の有事作戦計画の改善が難しくなる
 米韓合同軍は、保有する有事作戦計画を常に改善しつづけていかなければいけない。その改善の有効な手段がフォールイーグルとキーリゾルブなどの大規模演習を実施し、そこから改善の教訓を得ることだ。全ての大規模演習を中止する悪影響は余りにも大きいと言わざるを得ない。
●米韓同盟の形骸化
 米韓同盟を形骸化していく可能性がある。在韓米軍の存在意義を低下させ、将来的な撤退に導く可能性がある。
 
我が国が覚悟しなければいけないこと
●キーリゾルブの前身のRSOIについて説明したが、キーリゾルブでも、米国本土等から来援する米軍を受け入れてから全ての部隊を戦力発揮できる状態にする段階までを訓練する。実は、米本土から展開する米軍の一部は、日本の領土や領海を経由して朝鮮半島に展開する。その際に、在日米軍がその作戦を支援することになる。つまり、大規模演習が中止になることは、在日米軍の任務役割にも影響を与えることになる。
●トランプ大統領の日米同盟に関する言動には細心の注意を払わなければいけない。日米同盟について、金銭的な損得勘定で様々な要求をしてくることを覚悟しなければいけない。まず考えられるのが日米共同訓練についても「金がかかるから中止する」と言いかねないし、在日米軍の削減や在日米軍駐留経費の負担増額を要求してくる可能性もある。さらに、日米貿易赤字の解消を強烈に求めてくることも覚悟しなければいけない。日米同盟の根幹が問われる事態を覚悟しておいた方が良いかもしれない。
●大規模合同演習の中止により米韓同盟の存在理由が希薄化し、在韓米軍の存在意義が減少してくると、いずれは在韓米軍撤退が現実のものとなってくる可能性がある。
 在韓米軍が存在しているからこそ日米韓の軍事協力も可能である分野が存在する。例えば、朝鮮半島の状況が悪化し、在韓日本人の避難が必要な場合、自衛隊はNEO(邦人避難作戦)を実施するが、日韓のみの二国間では韓国側の協力は難しい。そこに在韓米軍がいると、米軍と協力してNEOを行うことが可能になる。在韓米軍がいなくなると自衛隊のNEOは非常に難しい作戦になるだろう。
 また、在韓米軍が撤退した状況下では、現在日韓で締結している軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も破棄される可能性が高い。いずれにしろ、日韓関係はさらにぎすぎすしたものになるだろう。
●3月1日付のJBpressへの投稿「決裂すべくして決裂した米朝首脳会談だが・・・」で次のように書いた。「今のままでは、北朝鮮の核兵器、弾道ミサイル、化学兵器、生物兵器が残ったままになり、拉致問題も解決しない厳しい状態が続く可能性が高い。」
 朝鮮半島の情勢は、我が国にとって望ましくない方向にどんどん進んでいる。思い出すのは、英国の第三代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルの「永遠の同盟国もなければ、永遠の敵対国もない。あるのは永遠の利害関係のみだ」という有名な格言だ。いまこそ我が国の本当の実力が試される時だ、国を挙げてこの厳しい状況を打破する以外にない。