澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -106-
習主席よりも李克強首相に期待が高まる中国

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

現在、中国では、官僚・知識人・ビジネスマンの間で、習近平主席の評判が良くない。
 一つには、習近平・王岐山連合(「太子党」)の進める「反腐敗運動」が“恣意的”なせいである。習政権下、「太子党」に属す人間が「反腐敗運動」で職務を解かれ、党籍を剥奪され、起訴されただろうか。寡聞にして知らない。明らかに、運動のターゲットは「上海閥」か「共青団」に限られている。
 もう一つは、習近平主席が中国の官製マスメディアを動員して「個人崇拝」を行っているせいである。同時に、習近平主席が「第2の毛沢東」を目指し、かつ「第2の文革」を推進しているせいだろう。
 さらに、既報のように、最近発覚した「パナマ文書」には、習近平主席の長姉 鄧家貴の名前があるという。習近平一族も“腐敗”しているならば、「反腐敗運動」の対象になってしかるべきであろう。
 我々が以前から主張しているように、今の「反腐敗運動」は、泥棒が警察官の仮面をつけて他の泥棒を捕まえているようなモノである。これでは国内で不平不満の声が上がるのも無理はない。

 さて、今年4月19日、習近平主席はインターネット政策に関する会議で「共産党や政府の活動に対して、あるいは、指導者個人に対して、ネット上で善意から出た批判であれば我々は歓迎する」と公言した。
 これは、かなりの“くせ玉”である。そのネット・ユーザーの批判が“善意”なのか“悪意”なのかなど、区別がつくはずもない。もし、習近平主席が「こいつは“悪意”で批判している」と判断すれば、すぐに摘発されるだろう。
 現代中国史を学んだ者ならば誰でも知っているように、1956年から翌57年にかけて、毛沢東主席(当時)は「百花斉放、百家争鳴」運動を展開した。知識人らに対し、自由に意見を述べよ、と勧めたのである。
 はじめ、知識人らは発言に慎重だったが、しばらくして、ようやく彼らは重い口を開いた。その後、多くの知識人らが堰を切ったように共産党批判を始めたのである。
 同年5月、毛沢東主席は、あまりに手厳しい共産党批判に辟易し、ついに「反右派闘争」を始めた。そして、共産党に批判的な人間を次々と打倒したのである。結果的に、毛沢東主席は同運動により、共産党に批判的な「反右派」人士を炙り出したとも言えよう。
 あれから60年の歳月を経て、再び習近平主席は「百花斉放、百家争鳴」運動を展開しようとしている。もし“賢明な”党員ならば、歴史を鑑にして共産党批判・習近平批判は行わないだろう。ただし、歴史を知らない者、あるいは勇気のある者はその限りではない。

 そんな習近平主席への悪評とは反対に、相対的に李克強首相に対して期待が高まりつつある。李克強首相の堅実な政治手腕、温厚な性格によるものだろう。
 今年3月の全国人民代表大会では、李克強首相が(習近平主席の筆が入らない)“オリジナル”の「政治報告」を行った。ちなみに、昨年、李克強首相は屈辱的にも、習主席の筆が入った「政治報告」を行っているという。
 今回、李克強首相の演説の後、習近平主席は彼と目も合わさず、握手もしなかった。その“異常事態”は、話題になったほどである。
 実は、胡錦濤政権の下、李克強が総書記(国家主席)になる予定であった。ところが江沢民が習近平を担ぎ出したのである。恐らく胡錦濤の推した李克強が気に入らなかったからだろう。そのため、李克強は習近平の2番手(首相)に甘んじた経緯がある。
 間もなく江沢民や周永康らは、習近平をトップに推した事が間違いだと気が付いた。そして、薄熙来をトップに据えようと画策している。だが、その計画は失敗に終わった。
 今後、共産党内では、若干“カリスマ性”に欠けた習近平主席は支持されず、李克強首相を中心とした政治が行われるかもしれない。
 もし、習近平主席が自己の権力に固執すれば、「李克強支持派」との間で大きな摩擦が生じる公算が大きい。その時は人民解放軍が割れ、解放軍同士による“内戦の危機”が訪れる可能性を排除できないだろう。