澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -367-
中国にとっての米中貿易戦争と「一帯一路」

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 米中貿易摩擦をめぐり、一部の経済学者やエコノミストから楽観論が出ている。近く米中貿易戦争が、双方の妥協によって終結するのではないかという推測である。だが、それは単なる“希望的観測”に過ぎないのではないか。
 それは、主に2つの理由による。
 第1に、トランプ政権は、北京に対し国有企業への補助金拠出をやめるよう求めている。
 だが、周知の如く、習近平主席は国有企業の強化を図っている。国有企業こそが、自己の権力基盤である。ワシントンの要求は、習主席にとって政権のレゾン=デートル(存在理由)を否定されているに等しい。従って、絶対に受け入れられないだろう。
 また、国有企業が輸出を伸ばさない限り、中国経済全体が完全に冷え込んでしまう恐れがある。というのは、中国国内では投資も消費も落ち込み、“命綱”は輸出しかないからである。
 他方、たとえ国有企業が「ゾンビ企業」であっても、簡単に潰すわけにはいかない。一挙に、数百万人、数千万人が路頭に迷う。失業者が街中に溢れかえれば、社会不安は今以上に増すだろう。
 第2に、トランプ政権は、北京政府に中国市場の開放も求めている。習近平政権は、これも妥協不可能な要求と受け止めているに違いない。
 何故なら、国有企業は、特定の分野を独占しているが、それは中国共産党幹部の利益と密接に関連している。
 米国を含む海外へ市場を開放すれば、当然、党幹部の利益を損なう。従って、彼らは中国の市場開放に猛反対するだろう。
 実は、民間を謳っている私企業でさえも、会社内に沢山の中国共産党員を抱えている。そのため、民間企業ではなく、あたかも「党営企業」の様相を帯びている。
 同時に、民間企業には「官商癒着」状態がしばしば見受けられる。そうでなければ、零細企業が大企業に成長できないだろう。
 おそらく習政権は、米国との貿易摩擦解決は不可能と見ているのではないか。次期大統領選挙でトランプ政権が退陣する、或いは、習近平主席が失脚するまで、米中貿易戦争は継続するだろう。米中が、互いに歩みより、妥協点を見つける事は極めて困難に違いない。
 そこで、中国共産党は、我が国に対し「微笑外交」を展開している。日本との(「一帯一路」を含む)経済交流で、景気回復を狙っているのだろう。北京は、安倍政権に対しても気配りしながら、何とか日本を取り込もうと努めている。
 例えば、昨2018年9月17日、防衛省は、海上自衛隊の潜水艦「くろしお」(母港は広島県・呉基地)を南シナ海に派遣し、同月13日に「くろしお」が、護衛艦部隊(「かが」「いなづま」「すずつき」)3隻と一緒に訓練を実施したと発表した。潜水艦の南シナ海での訓練を公表するのは異例である。
 いつもだったら、北京は日本側に猛反発するはずだろう。ところが、この時、“スルー”したのであった。
 一方、習近平政権は「一帯一路」の終点、EUとの経済協力で、活路を見出そうとしている。今年(2019年)3月下旬から、習主席がヨーロッパ3ヵ国を訪問した。
 まず、同月22日、習近平主席はイタリアのマッタレッラ大統領と会談した。両首脳は手を携えて「一帯一路」を共同建設すると決めている。
 次に、同24日、習主席はモナコのアルベール2世大公と会談を行った。
 翌25日、習主席は、フランスのマクロン大統領と会談した。フランスが拠点のエアバスに対し、中国の大型発注(A320など計300機)が発表されている。
 更に、翌26日、マクロン仏大統領は、習主席の訪仏に合わせて、メルケル独首相、ユンケル欧州委員長をパリのエリゼ大統領宮殿へ招待し、4者会談を行った。
 因みに、3月21日・22日両日、EUは首脳会議で、中国を“競争相手”とする新戦略を議論した。そして、独仏は対中政策で「EUの結束」を訴えている。
 だが、目下、北京政府は、「チャイナマネー」を潤沢に使えない。巨額の財政赤字(GDPの300%以上)を抱えているからである。それでも、なおかつ、習近平政権は海外へのバラマキを続けるつもりなのだろうか。