澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -378-
北京のレアアース対米禁輸は“切札”か?

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2019年)5月28日、中国国家開発改革委員会は「もし誰かが、我々の輸出したレアアースで製造した生産品を利用し、中国の発展を阻害しようとしたら、中国人民は皆、不愉快になる」と述べた。つまり、習近平政権はワシントンの対中報復関税対抗策として、レアアース(17種類の元素<希土類>の総称)の米国禁輸を示唆したのである。
 北京は、トランプ政権に対し、(1)ハイブリッドカーから戦闘機等の製作に必要なレアアースの禁輸(2)2兆ドルと言われる米国債の売却(3)中国市場から米製品の排除――を3つの“秘密兵器”として挙げている。
 元々、鄧小平は「中東の石油、中国のレアアース」こそが、イザという時の欧米に対する“切札”と考えていた。中国のレアアース埋蔵量は、地球上の35%以上だと言われる。
 米国は2004年から2017年まで、レアアースのおよそ80%を中国からの輸入に頼っていた。現在、カリフォルニア州マウンティン・パス(Mountain Pass)から、レアアースが採掘されている。しかし、それでは足りないので、ワシントンはテキサス州に、レアアース会社を建設予定である。ただ、完成までには1、2年かかるという。
 そこで、米国は、供給地を中国からオーストリア、エストニア、ミャンマー、インド、ブラジル、ベトナムなどに切り替える予定である。
 実は、中国のレアアース禁輸措置はかつて我が国に対しても行われた事がある。その際、中国側は、自らの首を絞める状態に陥った。習近平政権は再び過去の“愚策”を繰り返そうとしている。
 2010年9月、海上保安庁の船に、中国漁船が体当たりした事件が発生した(いわゆる「尖閣諸島中国漁船衝突事件」)。福建省から出航した漁船が、尖閣諸島周辺で違法操業を行っていた。そこで、海上保安庁が同漁船に対し、取締りを行おうとした。
 その時、この漁船は、故意に自船よりも大きな海保船に衝突している。海上保安庁は、船長他、乗組員を逮捕した。乗組員らは、取り調べを受けたが、すぐに釈放されている。また、漁船も中国へ戻された。
 だが、一方、船長は那覇地検石垣支部で起訴される事になったのである。
 それに対し、胡錦濤政権は船長を早く帰国させようとして、日本政府(民主党政権。中国大使は丹羽宇一郎)にプレッシャーをかけた。この時、北京はレアアースの対日禁輸をその圧力手段として用いている。
 当時、日本の産業界は慌てた。だが、(1)中国以外の国からレアアースの供給を確保した(2)日本の技術でレアアース使用量を削減した(3)「都市鉱山」(都市で大量に廃棄された家電製品に存在する貴重な資源。それらから資源を再生して有効活用を行う)等も存在し、見事に苦境を乗り切ったのである。そのため、日本は、たった2年間で中国からのレアアース輸入量を4分の1まで減らしている。
 2012年、日米と欧州連合が世界貿易機関(WTO)に中国をWTO規定違反として訴えた。2013年、WTOは日米欧の主張を認め、中国に是正を勧告した。だが、中国は反駁していた。2014年8月、WTOは中国の敗訴を確定している
 結局、中国の一部レアアース会社は商品が売れずに倒産した。また、2014年、中国のレアアース業界は全体で赤字に転落している。以上のように、中国政府が日本の技術力を過小評価したため、レアアースの対日禁輸は失敗に終わっている。
 ところで、中国共産党の第2の「切札」は米国債である。目下、北京は2兆ドルの米国債を保有しているという。だが、ひょっとしたら実際は、その3分の2、或いは、半分しかないかもしれない。
 万が一、習近平政権が突然、米国債を売却したら、日欧(特にドイツ)が一致協力して、米国債を買い支えれば良いのではないか。
 他方、北京による米国債の投げ売りは、自らも大損をする。おそらく習近平政権は、ワシントンを脅しても、実行までには至らない公算が大きい。
 最後の「切札」は、“巨大な”中国市場だが、これとて、現在、同国経済が落ち込んでいるので、米国にとっては“大市場”とは言えない。
 例えば、日本へ来る中国人旅行客もかつてのような“爆買い”はしない。否、景気が悪いので、“爆買い”できないのである。
 それに、中国人口の半分である7~8億人は「低端人口」(生きて行くのが精一杯の人々)なので、元々高級な米国製品を買う余裕などない。14億人の市場はあくまでも“幻”だろう。