澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -387-
香港にまもなく戒厳令が敷かれるか?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国から米国へ亡命した大富豪、郭文貴が、今年(2019年)8月1日午前11時56分頃(米東部時間)から午後12時05分頃(同)にかけて、約9分半にわたり、YouTubeで香港に関する重大発表を行った。
 今まで中国共産党に関する事(特に、王岐山関連)を暴露してきた郭文貴は、8月4~6日の間、香港に戒厳令が敷かれると述べた。
 第1に、「中国国家安全法」と「人民解放軍香港駐留部隊法」により、香港政府の要求に従って、解放軍香港駐留部隊が香港に戒厳令を敷く。
 第2に、香港に戒厳令が敷かれている間、人の香港への出入りを制限し、香港からの出境は許すが、香港への入境は許さない。
 香港政府と解放軍香港駐留部隊によって構成された戒厳指揮部隊が統一的に調整する。その際、香港市民の食料・飲料・医薬品等、社会の安全に対して、本部が統括的に指揮を行う。
 これで、中国が全面的に香港を接収し、「1国2制度」が完全に終了する。
 第3に、香港に住む外国人や海外の香港駐在機構(特に欧米)は整理される。
 第4に、6月9日以降、香港市街で抗議デモを行った「暴動分子」を逮捕する。だが、その人数については未だ確定していない。
 一方、当日午後12時26分、トランプ大統領がお得意のツイッターで、9月1日から中国製品3000億ドル分(約32兆円)を対象とする追加関税をかけると表明した。今後、中国製のスマートフォンから衣類までほとんどの輸入品に、10%の関税を上乗せする方針を示唆したのである。
 実は、米中両国は7月30~31日にかけて、上海で高官級の通商協議を行った。しかし、米国が期待したような成果を得られず、トランプ大統領は今度の追加関税に踏み切ったと思われる(同時に、大統領は米農産品輸入拡大の約束を中国側が守らなかったと非難している)。
 一般には、このような経緯で、トランプ政権が北京に追加関税をかけたと説明されている。
 郭文貴のYouTubeがいつアップロードされたのか不明だが、撮影終了後、早ければ数分でアップできる。
 ならば、このビデオをトランプ大統領が見た可能性は高い(もっとも、マル秘情報として、すでに大統領まで届いていた公算もある)。
 ひょっとして、トランプ大統領は、郭文貴が指摘したような香港の緊迫した状況を踏まえ、すかさず対中貿易追加関税をかけたのかもしれない。
 郭の情報が正しければ、習近平政権は香港市民への弾圧はもとより、欧米のパスポートを所持する外国人や外国機関を整理するとしている。おそらく、トランプ政権は、これを知って怒り心頭だったのではないだろうか。
 ごく最近、一部のメディアが、郭文貴は中国のスパイではないかと疑い始めた(かつて、郭文貴は中国国家安全局で働いていたという)。もし、それが本当ならば、世界が郭の言説に騙され、翻弄されている事になるだろう。
 以前、トランプ政権内にいたスティーブン・バノン(Stephen Kevin Bannon)は郭文貴に近く、彼を支持している。そこで、郭は自分の資金力とバノンの支持を利用して、バノン所属の関連団体(例えば、The Committee of Present Danger : China<拙訳「中国という目前の脅威に対処する委員会」等)に影響を与えるつもりかもしれない。
 郭文貴は自ら主張しているような反体制派ではなく、「反体制派を捕まえるための中国共産党のスパイ」であるとも言われる。
 さて、周知のように、香港の混迷の度は日に日に増している。政治的事案には関与しない中立的立場であるはずの公務員までもが「逃亡犯条例」改正反対デモ(以下、「反送中」デモ)に参加する有様である。また、一部の航空関係者がストライキを行い、香港国際空港では欠航便が出始めた。
 他方、一部の過激なデモ隊は、警察を取り囲み車両に火をつける、あるいは、地下鉄等の公共交通機関のスムーズな運行を阻止している。
 これに対し、中国共産党は、解放軍香港駐留部隊によるデモ弾圧演習のビデオを流し、「反送中」デモ隊を牽制した。
 目下、中国共産党は北戴河会議(現役の幹部らと長老達の非公式会議)開催中だという。
 今年10月1日、中国は建国70周年の節目を迎える。けれども、現在、中国共産党は様々な課題を抱えている。
 香港問題以外にも、依然、回復しない右肩下がりの経済、「米中貿易戦争」、未だに制圧できない「アフリカ豚コレラ」、加えて、近頃、話題に上っている「三峡ダム」の歪み等がある。
 中国共産党にとっては、来年1月に行われる台湾総統選挙(及び立法委員選挙)も頭痛の種なのではないか。仮に、中国共産党が香港問題を武力で解決すれば、台湾人は与党・民進党の蔡英文政権でまとまり、蔡総統再選が濃厚となるだろう。