澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -388-
「精神日本人」で逮捕された女子大生漫画家

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国には、「精神日本人」(以下「精日」)という不思議な言葉がある。中国人の中には日本が好きで、精神的に日本人に成りきろうとする人がいる。
 目下、習近平政権下では、この行為が過度に「日本を崇拝」し、「中国を侮辱する」として罪になる。日本を称える事は“悪”とされ、公安に逮捕されるのだから、驚きである。人によっては、日本の軍服を着て、あたかも自らが日本人であるように振る舞う(コスプレ・レベルであるが)。
 とりわけ、日本の軍服を着る中国人は、「日本軍国主義」を崇拝し、「我が中華民族を憎んでいる」ので、けしからんと言う事らしい。
 張冬寧という安徽省淮南市に住む女子大学生漫画家(22歳)がいる。彼女は、日本のマンガが大好きで、自ら、豚の頭を持った人(たぶん中国人)の風刺画を300枚以上描き、SNSに発表してきた。それが中国当局の逆鱗に触れたのである。
 当局の説明では、これらの作品が意図的に歴史的事実を歪め、中国の人々の生活習慣を辱めることをテーマにしているという。
 そして、「国家とすべての中国人に対する悪質な攻撃」、「中国人の感情を深く傷つける」、「国家の尊厳を踏みにじる」として、社会に対し非常に悪影響を及ぼすと断定した。
 張冬寧はいったん日本へ逃亡し、身を隠した。しかし、彼女が帰国したところで、「精日」(=「反中」・「中国を侮辱した」)という理由で公安に逮捕されている(昔風に言うと、「漢奸」)。
 同じように、遼寧省に住んでいる盧世寧という日本好き中国人も「精日分子」という事で逮捕されている。
 率直に言って、張冬寧らは、中国当局から勝手にレッテルを貼られたに過ぎない。当局は必ずしも彼らに明確な犯罪行為があって、逮捕している訳ではない。外国(特に日本)が好きな人間を気に入らないから逮捕しているのである。
 このように、今の中国では、日本が好きだと「反中」であり、「中国を侮辱している」と見なされる。
 翻って、ある日本人女性が、中国が大好きで、チャイナドレスを着、お団子ヘアで我が国の街を歩いたとする。
 だからと言って、日本では、その女性が「反日」とか「日本を侮辱している」事にはならないだろう。また、彼女は過度に「中国を崇拝」し、「国家の尊厳を踏みにじった」として、罪に問われる事もない。周囲も、彼女がコスプレを楽しんでいるくらいの感覚しか持たないだろう。
 我々の周りにも、中国が好きな人達がたくさんいる。けれども、日本では、ほとんど誰も、彼らが「反日」であり「日本を侮辱している」とは決して考えない。彼らとて、日本人の愛国者であり、かつ、単に中国が好きなだけだと考える。
 ところが、中国では、そうは受け取られないのである。この点、“中国の悲劇”と言っても過言ではない。
 このような環境下では、「日中友好」などあり得ないのではないか。日中両民族が、互いを認め合い、互いに敬意を払うから「友好」は成り立つ。
 ところが、中国共産党は「日中友好」を謳いながら、一方では「友好」を蔑ろにする教育を行い、「友好」を蔑ろにする政策を採っている。これでは、真の「日中友好」などあり得ない。
 元来、ほとんどの中国人は愛国者に間違いないだろう。その中の一部は日本が好きかもしれない。彼らは中国人の愛国者であると同時に、日本が好きなだけではないだろうか。
 日本好きの彼らが、「反中」で、過度に「日本を崇拝している」とも到底思えない。ただ、日本の良い部分を認めようとしているだけである。
 それをもって、「精日分子」とのレッテルを貼る事こそ、習近平政権の奇妙な所である。逆に言えば、「反日」であれば何をしても許される事になるだろう。ある意味、恐ろしい。
 なぜか北京の指導者は、以上のような短絡的思考を持つ。そして、論理の飛躍があっても、何の疑問も待たないようである。
 ちなみに、韓国の文在寅政権も中国と似た傾向を持つと考えられよう。