アメリカ新国防長官の中国抑止姿勢

.

麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのトランプ政権の新国防長官として来日し、8月7日には安倍晋三首相とも会談したマイク・エスパー氏は日本でも、その前の訪問先のオーストラリアでも、中国の無謀な行動を非難する強固な発言が目立った。とくにその中国批判が単に軍事面での膨張主義への反対に留まらず、経済面にまで及んだ点が国防長官の発言としては異例だった。だがその背景にはトランプ政権全体のいまの総合的な中国との対決政策に加えて、エスパー氏自身がかつて中国研究専門の議会機関で活動してきた実績も大きいようだ。
 エスパー氏はこの7月23日に27代目の国防長官に正式に就任した。歴代長官のなかでも、軍歴のほかに、これほど広範で多様な実務経験を経てきた人物も珍しい。その意味ではトランプ政権全体でも有数の適材適所の大型人事ともいえそうだ。
 エスパー長官は日本の直前に訪れたオーストラリアでの外務・防衛両閣僚との2+2会談後の合同記者会見でインド太平洋地域での最大の課題は中国の膨張主義への対処だとして、中国について以下のように述べた。
 「私たちはインド太平洋地域ではどの国も一国だけで覇権を確立するべきではない、またそんなことはできないと強く信じています。この点で中国の侵略的な行動、安定を崩す行動のパターンはきわめて気になり、断固として抑止します」
 「その中国の行動とはグローバルの公共財を兵器化してしまうこと、略奪的な経済や債務を主権国家同士の取り引きに利用すること、他国の知的財産の国家主導の盗みを広げること、などを指します。アメリカはこのインド太平洋地域の安全保障面での必要性に対応するため、同盟諸国や友好諸国との協力を強めています」

 エスパー長官の以上のような言葉はオーストラリアという同盟国の防衛、外務の代表との公式記者会見での発言としては、異例なほど強硬だといえる。「グローバルの公共財の兵器化」という激しい表現は当然、中国の南シナ海でのスプラトリー諸島の軍事占領と軍事基地の建設を指していた。だがそれ以上に異例だったのは中国の行動に対して「略奪的な経済」とか「国家同士の債務の利用」や「知的財産の国家主導の盗み」という具体点までを指摘したことだった。
 「略奪的な経済」とか「知的財産の盗み」、というのは国防長官の日ごろの職務範囲の外にある課題だからだ。
 トランプ政権が非難する中国の経済や貿易の不公正慣行のなかには「知的財産の盗み」も含まれ、これら諸点の是正こそがまさに同政権が中国に対して遂行する関税戦争の最終目的なのだ。「債務」というのは中国の習近平政権が進める「一帯一路」のなかでスリランカやパキスタンが中国から借りた資金の負担のために大幅に譲歩して、港や土地の使用を異様なほど中国側に有利な条件で貸すという実態のことである。
 いずれにしてもこの種の経済関連の案件は国防長官の職務権限外だが、エスパー長官がそれをあえて指摘した理由は、一つにはトランプ政権の中国抑止政策が政権全体にとってそこまで重大な課題となってきたことが考えられる。だがそれ以上にエスパー氏が中国研究の専門家として中国の経済面での膨張を熟知していることが大きいようだ。同氏は2008年から2010年にかけて連邦議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員を務め、米中経済関係がアメリカの国家安全保障に与える影響を集中的に調査する作業を委ねられていたのである。
 エスパー氏はトランプ政権の登場当初の2017年1月から陸軍長官を務めた。その後に2019年になって国防長官代行となり、今回、議会上院での承認を経て、国防長官となった。いま55歳のエスパー氏は陸軍士官学校の卒業生で、陸軍歩兵部隊の士官として90年から91年にかけては第一次湾岸戦争でクウェートを占領したイラク軍と戦った。激戦のなかでの果敢な戦闘に対して名誉の勲章を得た。
 エスパー氏は陸軍退役後はハーバード大学、ジョージワシントン大学で中国研究を含む国際関係などの分野での修士号、博士号を取得して、ワシントンの民間の大手シンクタンク「ヘリテージ財団」で上級研究員を務めた。その後は連邦議会上院の共和党有力議員の国家安全保障担当の補佐官となり、上院外交委員会、下院軍事委員会の専門補佐官にもなった。その後は二代目ブッシュ政権の国防次官補代理に任命された。
 エスパー氏は2008年には共和党のフレッド・トンプソン上院議員の大統領選出馬のスタッフをも務めた。そして前記の米中経済安保調査委員会の委員の一人となって、中国の提起する諸問題に専門的に取り組んだわけだ。同氏はその後、大手軍事企業のレイセオン社の副社長をも務めた。
 このようにエスパー氏は国防長官としては肝心の軍歴に加えて、シンクタンク、議会、中国研究、民間企業と異例なほど多彩な経歴を誇る。その一端の中国とのかかわりが国防長官としてもとくに中国の膨張に対しては「国防」の領域を越えての熱のこもった反応を生む、ということなのかもしれない。