今年(2019年)8月1日、米トランプ政権は、翌月1日からあらゆる中国製品に対し、25%の関税(15%から10ポイントアップ)をかけると発表した。
同月5日、次に、トランプ政権は、中国を為替操作国に認定した。1994年、中国は、米国から為替操作国に指定された事がある。以来、25年ぶりとなる。
米国が他国を為替操作国と認定する3要件とは何か。
(1)毎年の対米貿易黒字が200億米ドル(約2兆1200億円)以上。
(2)1年間で6ヶ月以上、外国為替介入を通じて外貨資産を購入し、その購入量が国内総生産(GDP)の2%以上を占める。
(3)経常収支の黒字がGDPの2%を超える。
この3要件を満たすと、米国から為替操作国と指定される。そして、二国間交渉を通じ、米国から強く通貨切上げを求められる。
それに対し、中国政府は、8月5日、週明け月曜から、(心理的節目である)1米ドル7元を突破するのを容認した。この元安は、2008年の「リーマンショック」後、約11年ぶりとなる。おそらく北京は、米国による25%高関税ショックを何とか元安で相殺しようとしているのではないか。
よく知られているように、トランプ大統領は、「再び米国を偉大にしよう」というスローガンを掲げて選挙戦を戦っている。公約実現のためには、米国経済を更に発展させる必要があった。
そこで、トランプ大統領は、“公正”な貿易体制作りを目指した。“やり玉”にあがったのが、対米貿易黒字が世界最大の中国である。トランプ政権としては、中国に米製品(特に、航空機と農業製品)を大量に買って欲しかった。
一方、ワシントンは、北京に対し、中国企業が米国の知的財産権を侵害しないよう求めた。同時に、中国国内の構造改革を促している。
具体的には、(1)中国政府が国有企業に補助金を出さないよう釘を刺した。(2)中国市場の開放を要求している。
知的財産権については、習近平政権が今後、中国企業をしっかりと監視し、指導すれば済む事だろう。
だが、問題は構造改革である。(1)と(2)に関して、中国共産党は絶対、米国に譲れないだろう。
習近平主席としては、民間企業よりも(北京が直接コントロールしやすい)国有企業を強化したいのではないか(なお、補助金を入れないと潰れる国有企業も存在する)。
また、政府が国有企業に輸出補助金(正確には輸出還付金)を支出しなければ、輸出(消費・投資を含め中国3大エンジン)が伸び悩むだろう。
他方、中国共産党による独占・寡占状態の“美味しい”中国市場(運輸・エネルギー・軍事等の分野)を米企業に食い荒らされる訳にはいかない。
では、将来「米国貿易戦争」の行方はどうなるのか。
トランプ政権の経済アドバイザーであるラリー・クドロー(Larry Kudlow)は、マスコミのインタビューに、以下のように答えている。
20年前、中国は強かった。だが、今は当時とは違う。現在、中国経済は崩壊しつつある。
反対に、目下、米国経済は絶好調である。お互い関税を掛け合えば、米国よりも中国の方が多く傷つくだろう、と。クドローは「貿易戦争」での米国勝利に自信をのぞかせている。
ところで、トランプ政権が、中国にプレッシャーをかけているのは、単に経済的理由だけではないだろう。当然、政治的思惑も織り込まれていると考えられる。
元来、米国は“宗教国家”である。「民主主義」を世界に広めるミッション(使命)を帯びている。
ワシントンは対ソ戦略上、長年にわたり、中国の経済発展を支援してきた。それは、経済が発展すると、その国に「民主化」が起こるという“仮説”を信奉していたからである。
けれども、中国は1989年の「6・4天安門事件」で「民主化」が挫折した。ただし、米国は中国に対し支援を継続している。だが、結局、同国は「民主化」しなかった。
それどころか、習近平政権になると、国内の「民主化」の動きを完全に封殺している(例えば、2015年7月、「人権派弁護士」の一斉逮捕等)。
更に、習政権は少数民族(特に、イスラム教徒のウイグル人やチベット仏教徒のチベット人)を抑圧している。また、一般の漢族である仏教徒やキリスト教徒に対しても、厳しい弾圧を行っている。
トランプ政権は、到底、看過できないだろう。
同様に、米国は現在の香港の行方にも関心を抱いているに違いない。
とすれば、今回、トランプ政権が打ち出した対中関税アップと為替操作国認定は、中国共産党による香港の「逃亡犯条例」改正反対デモ(「反送中」デモ)制圧を牽制する狙いがあるのではないだろうか。