澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -391-
今日の香港は明日の台湾か?

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国では、1949年の建国以来、末尾に9の付く年は政治的大変動のある年と考えられてきた。歴史を振り返れば、そうとも言えよう。
 今年(2019年)もやはり政治的大変動に見舞われた。中国共産党は、香港の「逃亡犯条例」改正反対運動(通称、「反送中」運動)の制圧に手こずっている。
 周知の如く、すでに深圳には多数の装甲車と数千人単位の武装警察がいつでも香港へ南下できるよう待機している。ただ、中央政府による香港デモの武力鎮圧は、香港という中国にとって“金の卵”を産む鶏を殺す事になるだろう(以前と比べ、香港の重要性は下がっているが、現在もなお、一定の地位を保つ)。
 もし、中国共産党が香港で「第2次天安門事件」を起こせば、欧米による厳しい経済制裁で、本当に習近平政権は瓦解するかもしれない。香港の「反送中」運動は、中国共産党を揺るがす深刻な事態となっている。
 本来ならば、香港は2047年まで「1国2制度」を享受できるはずであった。ところが、近年、中国共産党は政治的に干渉し、香港は「1国1.5制度」へ転落した。それどころか、今では、習近平政権内で、香港を中央政府の「直轄市」とする案も浮上しているという。
 さて、よく「今日の香港は明日の台湾」と言われる。けれども、香港と台湾では、置かれた状況があまりにも異なる。従って、このスローガンには違和感を覚える人が少なくないのではないか。
 第1に、台湾では、長と名の付くリーダーはトップの総統から末端は、村の里長に至るまで、すべて選挙で選出される。確かに、台湾は一部中国共産党の影響(国民党系の政治家やマスメディア)を受けている。だが、実際には台湾人が台湾を統治する。
 ところが、香港は完全な民主主義体制下にはない。
 香港トップの行政長官を、未だに「選挙委員会」(主に「建制派」=「親中派」)1200人が選んでいる。
 また、香港立法会でも、完全な「1人1票」制ではない。主に「建制派」の職能団体が全70議席のうち30議席を占め、同団体の中で選ばれている。そのため、立法会では依然、「建制派」が多数を占める。
 もし香港で「1人1票」制が採用されれば、立法会で「民主派」が多数派となるに違いない。
 つまり、香港では「港人治港」ではなく、中国共産党の間接統治が行われていると言えよう。
 第2に、香港には、約6000人と言われる中国人民解放軍香港駐留部隊が常駐する。
 しかし、台湾には中国人民解放軍は存在しない。それどころか、米国在台協会(AIT)という名の事実上の米国大使館があり、かつ、その中には、米軍人が常駐(2005年頃から)する。
 一部の論者は、「今日の香港は明日の台湾」というスローガンを真に受けて、香港の次は台湾が危険であるとの論陣を張っている。
 その危惧は分からないでもない。だが、台湾の民主主義は米国が必ず防衛するだろう。
 米国の「台湾関係法」の神髄とは、同国が台湾人の生命と財産を守る点にある。つまり、米国にとって、台湾は同国の「準州」(グアムや<北マリアナ諸島の>サイパン)と同様の存在なのである。この点は、強調してもし過ぎる事はない。
 また、一部の論者は、中国共産党が近い将来、台湾に攻撃を仕掛けるのではないかと憂慮する。
 けれども、その可能性はほぼゼロに近いのでないか。それは『孫子』を読めば、よくわかるだろう。
 孫子は「相手を知り、己れを知れば百戦不敗である」という。しかし、孫子はその前に「戦わずして勝つ」事をベストとしている。戦争をして「百戦百勝」しても、それはあくまでもセカンドベストである。
 更に、孫子は勝つ見込みのない戦争は絶対するな、と諌めている。
 仮に、中国軍と台湾軍が、1対1で戦った場合、どうなるだろうか。中国が台湾へ核使用しないと仮定すれば、その勝敗の帰趨は不明である。
 ましてや、台湾軍のバックには世界最強の米軍が控えている。米軍が中台戦争に参戦するならば、当然、我が自衛隊も出撃するだろう。この場合、日米台対中国、3対1の戦いである。
 ひょっとすると、インド軍やオーストラリア軍、それに英仏軍も日米台に加担する可能性がある(7対1の戦い)。
 ロシアは、中国軍を後方支援はするかもしれない。だが、ロシア軍が実際の戦闘には出撃しない公算の方が大きいのではないか。
 中国共産党最高幹部や中国人民解放軍トップが以上の情勢を知らないはずはない。
 中国人には孫子の兵法こそ“バイブル”であり、行動原理の基本である。中国共産党が「日米台vs.中国」戦争、あるいは、「日米台印豪英仏vs.中国」戦争という“必敗”の戦いをするはずはないだろう。