印中関係とアジアの平和

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政策提言委員・拓殖大学国際日本文化研究所教授 ぺマ・ギャルポ

ドクラム高原の国境紛争
 世界のマスコミが北朝鮮のミサイル開発と、それに対するトランプ大統領の対応に注目する中、習近平主席は米朝両方に理性的な対話と自制を促し、世界の良識人のように振る舞っている。
 一方、裏ではヒマラヤ地域で小国・ブータン王国の領土内に侵入し勝手に道路建設を始めていたため、ブータン政府は防衛協定に基づいて中国の人民兵を追う払うためにインド軍に助けを求めた。インド軍は直ちに出動し、取り敢えず道路建設を阻止したが、中国を国境外に追い払うことは出来ていない。
 中国は自分の領土であると言い張り、「インド軍の行為こそ侵入である」「ブータンをインドから解放するためだ」等の屁理屈を展開して世論を混乱させようとした。このような中国の矛盾だらけの暴言に駐インド、ブータン王国ナムギャル大使は6月26日、事実関係を明らかにするとともに、中国政府に速やかに撤退するよう呼び掛けた。
 今回の中国の火事場泥棒行為は、1950年、朝鮮戦争のどさくさに紛れてチベットを侵略した時に似ている。当時も中国政府は「チベットを帝国主義者から解放するため」と自国の侵略行為を正当化した。だが当時、チベット全土に西洋人は7人ぐらいしかいなかった。中国は「科学的」「理論的」という言葉を好むが、実際の彼らの言動にはそのような根拠の裏付けは重要ではない。
 今回、人民解放軍が侵入した地域は日本人には馴染みのない、世界地図上は豆粒のように小さな場所だが、3つの国の国境が接している地域で、ブータン領土のドクラムは首都・ティンプー等主要都市にも近く、ヒマラヤ地域及び南アジアにとって安全保障上極めて重要な地点である。3つの国、即ちインドのシッキム州(旧シッキム王国。1975年住民投票によってインドの州に加えられた)とチベット(1959年以降中国)とブータン王国の境界線が交差している。
 この地域の地名が紛らわしいのは、地元住民が使っていた本来の名称、それを英国領インド時代の英国人が我流に発音した地名、加えて中国政府が勝手に名付けた地名と、1つの地名に対していくつもの呼び方があるのが原因である。従って、記事を書く人の立場によって地名が変わることがあることを理解する必要がある。
 また、中国人はチベット語の人名や地名を発音できない上、権威付けのためのマーキングのように地名を付ける。尖閣諸島にも勝手に「釣魚島」という中国名を付けている。インドのアルナチャル州を「南チベット」と呼んでいるのもその一例であるし、同州内の7つの地名に新たなネーミングを発表した。
 もう1つのお決まりパターンが、常に相手が悪いとして自己の悪行を正当化することだ。先述のブータンの問題も、6月中旬、北京政府はいきなりインド軍が自国の領土に侵入してきたと発表した。