明治政府と戦後日本
―「富国強兵」の過去と「富国弱兵」の未来―

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JFSS顧問・元ベトナム/ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 ただ今ご紹介頂きました坂場でございます。既に外務省を退官いたしまして4年近くになりますので、自由な立場からこのテーマについて考えてみたいと思います。平川先生、秦先生のように蘊蓄はございませんので、実務家的な視点から明治維新、それから戦後、現在(そして日本の将来)を考えてみたいと思います。

1、「明治日本」をデザインした岩倉使節団
 明治維新に関して既にお話がありましたが、私はこの明治維新というものを、外国に勤務しておりました時に、多くの日本研究者、殊に外国の大学で日本史等を研究している現地の先生方とお話をする機会がありました。日本の歴史ということになりますと、まず出てくるテーマが「明治維新」でした。それ以前の歴史は茫漠としている部分もありますし、戦前となると(太平洋戦争との関係で)少々生々しい部分もあって、結局のところ、その後の歴史が現代に繋がる明治維新というのが私どもと議論し易いテーマだったように思います。
 その時に必ず聞かれたのが、何故日本が明治維新という大変革を、かくも短期間に、かつ概ね平和的に実現できたのかという問いでした。私は歴史の専門家ではないのですが、思いつくままに話していたのは、短期間と言われていますが、実は江戸末期を含めて日本には相当な教育その他の蓄積、社会変動のベースがあった。ですから表面的に見ると、いかにも突然成し遂げたかのような印象を与えますが、社会変革という意味ではある程度の期間を経て変革していったのだということが1点。
 2点目は、先程来からお話がありましたが、ペリー提督を始め欧米列強が日本近海に現れたことなどから、日本国民が相当の危機感を共有していたのだと思います。植民地化ということも含めての危機感が日本国民を一つにまとめたという要素があると思います。 
 3点目は、明治維新後、どういう日本を創るのか。これについては、富国強兵であれ殖産興業であれ、ある種のモデル、つまりヨーロッパとアメリカが存在したということです。日本はそれに向かって進んでいくという直線的なアクション、行動がとれたということです。
 私がその議論をしながら気付いたのは、各国の日本研究者が関心をもっているのは、「明治維新」という一つの出来事ではなく、その後の日清戦争と日露戦争がパッケージになっているということです。何故20年、30年という短期間に、かの大国清国、或いはロシアに勝つことができたのか、その秘密を知りたいということなのです。