複雑化した国際情勢見据えた新安保法制
―偏向解釈が抑止力を削ぐ―

   
理事・政治評論家  屋山太郎 
 米ソ対立当時の国際情勢は解り易いものだった。米ソが必至で組み合っているから互いの足元は静かにしているほかなかった。ハンガリーは自主独立を求めたお蔭で親分のソ連に痛めつけられた。日本は米国の保護の下にじっとしているだけで良かった。そのお蔭で、憲法解釈を非武装中立の教義と受け止める政党も出てきた。米ソ対立が終わったのはソ連が西側の中距離核戦力に降参したからだ。レーガン・ゴルバチョフ会談で中距離核戦力全廃条約ができた。国際情勢は米国の一強多弱体制に入ってきた。この中から頭角を現してきたのが中国で、米中対立の時代が出現したのである。冷戦終了後に築き上げたEUは経済的にガタが来た。一方で中東諸国も混乱で夥しい数の難民が発生し、激しいテロ活動がEUだけでなく、英国や東南アジアにも広がってきた。
 世界中がこのように弛んできたのは米国にオバマ大統領が登場してからだ。オバマ氏は「アメリカは世界の警察官ではない」と中東から兵を撤退させた。この結果、中東諸国の力の統治が弱まり、独裁国家は軒並み“民主革命”という政変が起きた。アメリカはこれまで3つの戦争(欧州、中東、アジア)に耐えたが「今後は1つしかできない」と言って、アジア基軸のピボット作戦に切り替えるという。一強多弱世界の一強が弱れば弱るほど足元の世界は乱れると知るべきだ。
 日本は乱れることを望んではいないが、乱れた時にどう対応するか準備すべきだろう。取り敢えずの集団的自衛権を使えるように憲法解釈を変えることにしたが、更に事態が緊張したらどうするのか。
 シールズという“反戦団体”が結成された。安倍内閣で成立した新安保法体制を廃止する運動で、廃止されたら団体を解散するという。安倍政権は国民に選ばれた議員が過半数を占めて政府を作っている。その政府が作ったものを廃止しろというのはれっきとした政治運動だ。新安保法を否定するなら、選挙で訴えて多数派を獲得してから廃止すべきものだろう。若者は「権力は悪」と教えられてきた。では若者が作った権力も悪なのか。イエスと言うならそれはアナーキズムというほかない。
 このシールズの動きは共産党が支配していると言われるが、作家の森村誠一氏は「戦争が始まったら若者が殺される」と賛同している。坂本龍一氏は「9条の精神がここまで根付いていることを皆さんが示してくれた」とエールを送っている。
 米中対立が米ソ対立の時代のように取っ組み合ったままで終わる保証はない。現に中国は南シナ海の岩礁を埋め立てて、軍事基地化の意図は明らかだ。沿岸のフィリピンとベトナムは激しく反発している。日本の尖閣諸島についても中国は「古来の領土だ」と主張している。これで引っ込んだら次は沖縄を中国領土だと言うだろう。日本はそれをやらせないための戦力を保持するしか侵略を抑止できない。

(平成28年1月20日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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