英国のEU離脱による日本への大打撃
―軍事・防衛・経済戦略への影響―

   
理事・政治評論家  屋山太郎 
 英国のEU(欧州連合)からの離脱は世界的な外交を進めている安倍晋三首相にとって極めて残念な出来事だった。英国の国際的な力が弱まることはあっても強まることはないとみられるからだ。中国の軍事的台頭は日本やアジア諸国にとっても新しい脅威である。このアジア・太平洋の地域にいまだに関心を持っている欧州の国と言えばたった2つ。英と仏しかない。2国以外はもう殆ど関心がないという中にあって、英国は近年、もう一度、中国に近づく一方、それにバランスをとる格好で日本との関係を強くしたいとの素振りを見せつつあるところだった。

 その証拠ともいえる出来事が2つ。1つは今秋11月か12月に、歴史上、初めて英国空軍が最新鋭戦闘機「タイフーン」という編隊を日本に持ってきて、三沢か千歳で航空自衛隊と合同の演習をする段取りになっている。タイフーンは編隊で来日するので付随して輸送機も空中給油機も同伴で来るという大がかりなものになる。日本だけを目がけてくるわけではなく、途中、東南アジアの一国に寄るはずだが、最終目的は日本と演習をするためだ。なぜこの時期に訪日かと言えば、どう見ても中国の南シナ海の岩礁埋め立てに対する牽制の意味があるのだろう。

 もう1つは8月末に日本の自衛隊の練習艦隊の旗艦(フラッグシップ)「かしま」がテムズ川に入るという。もちろん航海演習の途次、英国による建前だが、テムズの川岸に着岸するのは1902年に日英同盟を結んだ時以来だという。ロンドンのど真ん中に外国の艦船を入れるのは途方もない親密度の示し方と言われている。太平洋の国・日本と大西洋の国・英国がユーラシア大陸をまたいで、もう1回軍事的に近寄ろうかという機運になっていた。

 その矢先の英国のEU脱退である。英国の軍事関係者や外交官は、どんなことがあっても今まで通り、日本との関係は強くしたいと思っているようだが、客観情勢はそれを許さなくなっていくのではないか。英国は欧州から早くも馬鹿にされつつあって、「離脱する側がわがままを言えるのか」との雰囲気になっている。日本は厳しい対中関係に直面しながら、一国でも「日本が正しい」と言ってくれる味方が欲しい。そうあてにしている英、仏の一角が危なくなったのは痛い。

 日本は英国に2500社もの企業を進出させている。日産などはイングランドの北東部のサンダーランドという街に進出しており、英国の中では最大の自動車工場だ。造っている車の殆どは欧州向けに輸出している。EU離脱でこれまでのように関税なしで自動車を輸出できなければ、企業立地自体を考え直さざるを得ない。英国のEU離脱は日本の防衛戦略にも経済戦略にも大打撃なのだ。軍事技術の共同開発の話も進んでおり、せめてこれだけでも前に進んでいくのか。英国の地盤沈下は日本への打撃でもある。

(平成28年7月20日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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