平成28年1月6日

北朝鮮の「水爆実験」の不吉な影響


一般社団法人日本戦略研究フォーラム会長  平林 博

 1月6日、北朝鮮の金正恩第1書記は水爆実験の成功を宣言した。実際に水爆か、その前段階の爆発装置か、我が国や米国など今後の分析で明らかになろう。しかし、既に我が国を始め、韓国、米国そして中国までもが強く批判している。国連安保理決議に違反しての核実験であるから、早晩、国連安保理も動くであろう。
 以下は、取り敢えずの所感である。


1.北朝鮮の意図
 「水爆」実験は、金正恩の誕生日を2日後に控えた6日に実行された。
 金正恩の意図の第1は、祖父・金日成や父・金正日を凌駕したと北朝鮮国民に印象付け、その強力な独裁ぶりで却って脆弱となった政権基盤を強化するころであろう。
 第2は、インド、パキスタン、イスラエルのような単なる「原爆」保有国ではなく、「水爆」を保有する五大国(米、露、中、英、仏。全て国連安保理常任理事国)に比肩する強国になったと誇示したいのであろう。
 第3は、米国に対し対等の立場で外交関係樹立を真剣に考えるようにとの圧力である。
 第4は、中国との関係は既に中朝の歴史上で最悪になっているが、中国に対してさえも独立自尊の姿勢を示したいのであろう。
 「水爆」実験の結果、中国を含めた国際社会を改めて敵に回し、国連安保理や各国からの新規制裁措置さえ招くであろう。しかし、金正恩は、これに耐えてでも自国の核抑止力を向上させ、他国が攻撃することは勿論、圧力をかけることをディスカレッジすることに死活の道を見出したのであろう。

2.各国とくに韓国の反応
 我が国を始め韓国、米国など国際社会は強烈に反発している。中国も批判している。
 注意すべきは、韓国の出方である。
(1)韓国内には、かねてより北に対抗するための核武装論がある。そこまで行かないまでも、「核の選択権」を主張する声が増えている。即ち、米国の核で守られないことが確認された瞬間に韓国も即座に核武装すると宣言しておくという選択肢である。今回の北朝鮮の「水爆実験」はこのような韓国世論の背を押すであろう。韓国には、被爆国である日本にあるような核へのアレルギーはない。韓国内には、米国の「核の傘」(拡大抑止)の信頼性を疑う声はかなり強い。北朝鮮が核兵器の使用をちらつかせながら韓国に通常兵器で侵攻した場合、米国は在韓米軍、グアムや米国本土などへの核攻撃を恐れて、北朝鮮軍に対し真剣に戦わないだろうという声がある。
 尤も、NPTに加盟している韓国が核武装しようと思えば、NPTを脱退しなければならない。中国やロシアですら、それを許さないであろう。韓国は国際社会で孤立し、経済も社会もズタズタになるであろう。我が国が戦前に国際連盟から脱退後どうなったかを考えれば、正常な頭の韓国人なら答えは自明である。
 尚、「核の傘」については、我が国においてはそもそも論からする左翼の反対意見はあっても、それ以外の日本人は「なんとなく」、米国の核の傘で守られていると思っている。一部右翼に、独自の核武装論はあるが、ごく少数である。

(2)韓国の米国不信の裏返しであるが、韓国が中国への傾斜を強める可能性がある。朴槿恵大統領は、昨年9月2日に北京で習近平国家主席と会談し、3日に天安門の楼上で「対日戦勝記念行事」に参加した後、4日帰国の飛行機の中で、「中国と協力して統一を目指す」と述べたと伝わっている。韓国の世論調査会社・リアルメーターの昨年7月29日の調査によると、「米中どちらが重要か」との問いに対し、韓国人の50.6%が米国と答え、37.9%が中国と答えている。38%は、かなりの率である。
 米国は韓国に対しても日本に対すると同様、米主導のミサイル・ディフェンス(MD)システムに参加するよう呼びかけてきた。しかし、韓国はそれが「中国包囲網」の一環となることから、中国に遠慮し参加を断ってきた。MDの一部である終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を米国が在韓米軍に配備をしようとしたら、韓国はそれさえも拒否した。習近平主席が朴槿恵大統領に「反対せよ」と圧力をかけているためだ。
 しかし、中国が北朝鮮を捨てて韓国と結ぶと考えるのは、非現実的であろう。中国は、韓国を一種の属国化することに利益を見出そうが、北を犠牲にすることは考えられない。中国にとっては、北朝鮮は、悪くいっても、いわば「生かさず、殺さず」の姿勢で行くのであろう。他方、韓国が中国と結ぶ代償は、韓国にとって高くつくであろう。韓国人は、冷静に国益を考えるべきである。

3.我が国への影響
(1)北の核問題に関する6カ国会議は、ここ数年、北朝鮮の無視作戦により機能していない。北の核廃絶を望む多くの日本人は、改めて厳しい現実を直視する必要がある。お叱りを覚悟で言えば、北の非核化を期待することは、下記の二つのうちどちらかが実現しない限り、ほぼ無理なのではないか?
 第1は、北朝鮮において、金正恩の独裁が国民ならず軍にとっても我慢の限度を超え、クーデターでも成功させること(この可能性は、次第に大きくなると思われる)、第2は、米国のみならず中国やロシアが協力し、本格的な経済制裁や軍事的圧力を「本気で」金正恩にかけることなどであろう。当面、どちらの可能性も小さいと言わざるを得ない。

(2)拉致問題は、北朝鮮が全面的調査を約束してかなりの時間が経ったが、何の進展もない。今後、我が国は、国連の制裁などに加わるほか、一旦緩めた独自の制裁を再導入することになろう。そうなれば、残念ながら、拉致問題の解決は更に遠のくであろう。

(3)昨年12月の慰安婦問題に関する日韓両政府の合意達成は、こうなると、韓国にとって一つの安心材料であろう。北に対し日韓が対立していることは、我が国の安全保障への影響もさることながら、韓国にとっては安全保障の脆弱性を高めていたからである。この合意に依然として反対する韓国人が、今回のことで日韓合意への反対姿勢を緩めるかどうか、注目したい。尤も、自国の安全保障より日本に対する「怨」の情が勝っている韓国人が少なくないし、北による韓国人の洗脳が進んでいるので、楽観は禁物である。

(4)すぐにではないだろうが、韓国の対中傾斜が強まれば、米韓同盟が緩み、韓国のみならず我が国の安全保障の脆弱性は高まる。韓国の国益は、民主主義陣営・市場経済グル―プに属し、安全保障を直接は米国、間接的には日本と協力し、中露は可能な限り好意的な方に持っていくことにある。この点でも、韓国人が冷静に国益を考えるかどうか、注目したい。


(了)
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