平成28年2月8日

北朝鮮のミサイル発射実験
−中韓はどう対応するのか−



一般社団法人日本戦略研究フォーラム会長  平林 博

 2月7日9時31分(現地時間9時1分)、北朝鮮は北西部の東倉里(トンチャンリ)から長距離弾道ミサイルを発射した。三段ロケットの1段目は朝鮮半島西の黄海に、2段目は朝鮮半島南西の東シナ海に、3段目はフィリピン沖の太平洋に落下した。北朝鮮は「人工衛星」と称したが、各国からの情報では、実際何らかの物体が地球の周回軌道に乗ったと観測されている。

 2012年の実験に比べ三段ロケットの落下時間が早く距離も長かったので、推進力は強化され、射程距離も伸びたと考えられている。精度はともかく、米国主要部をヒットできる長距離弾道ミサイルを開発するとの北朝鮮の目標に向けて、一歩近づけた。
 国連安保理決議への明白な挑戦であるが、中国・ロシアを含めた国際社会の反対や警告は完全に無視された。韓国はもとより日米などは強く非難し、国連の制裁強化工作を始め、独自の制裁措置も検討することになった。
 7日、国連安保理は全会一致で非難決議を採択した。かねてより生ぬるい対応をとってきた中国も、「遺憾」の意を表し、ロシアも同様の反応を示し、安保理の非難決議に賛成した。安保理決議は「北朝鮮制裁決議案を迅速に採択する」と明記したが、問題は、効果的な制裁を科すことができるかどうかである。

中国はどうするのか?
 北朝鮮の暴走を止める力があるのは中国、というのが定説である。今回の実験直前にも六カ国協議の議長である武大偉代表が直前に平壌(ピョンヤン)を訪れ、実験中止を働きかけた。金正恩は無視し、中国人がもっとも嫌がる「カオをつぶすこと」も敢えてした。
 中国は安保理の非難決議に加わったものの、制裁となると中国の反応は緩い。中国は何を考えているのか。
 一般的に言われていることは、@中国は強力な制裁をかけることにより北朝鮮が制御不能ひいては瓦解し、たとえば難民が中国との国境を越えて大量に流入することを恐れていること A米国軍が駐留する韓国と直接対峙することを嫌い、北朝鮮を緩衝国として維持したいと考えていること、である。
 筆者は、Bとして大きな戦略的狙いがあると考える。それは、米中による「G2」世界を目指す中国は、北朝鮮をその戦略のコマとして使いたいということである。米国の軍事力は単独でも中国に優っているが、米国と日・韓・豪各国との同盟は中国との関係で米国をさらに強力にしている。歴史的な経緯(冷戦中の対立)からロシアを信用していない中国は、米国に敢然と挑戦する北朝鮮に戦略的価値を見出しているのではないか?中国は北朝鮮の核保有を認めないとしているが、どこまで本気か疑わしい。繰り返される核実験に対し中国が強力な経済制裁を課せば相当な効果があるはずだが、これまでは国際社会の制裁に対し反対姿勢を貫いてきた。長距離ミサイルの開発についても、これが米国をターゲットにしたものある以上は、強権を発動してまで止める気はないのであろう。国連安保理での効果的な制裁決議に向けて中国が乗ってくるのかブレーキをかけるのか、注目したい。

韓国はどうするのか?
 北朝鮮の脅威をまともに受ける韓国は、今回も「安保理での強力な制裁措置の導入」を要求している。しかし、独自の制裁をとるのかどうか、はっきりしない。朴槿恵大統領は習近平国家主席に電話して働きかけたようだが、中国の反応はこれまでのところはかばかしくはないようだ。
 筆者は、拙書「あの国以外、世界は親日」において次のように書いた(117ページ)。
 「中国は対日関係で韓国を利用するだけであろう。中国は、韓国が領有権を主張する離於島(イオド)、波浪島(ハランド)と称する岩礁は中国領だと主張している(中国では蘇岩礁と称する)。中国は、かつての高句麗は韓国史ではなく中国史の一部であると主張して譲らず、誇り高い韓国人の心情を傷つけている。現在の中国は北朝鮮との関係が悪いが、かといって、韓国のために北朝鮮を犠牲にすることもあり得ないだろう。」
 この見解は、今回も変える必要がない。では、韓国はどうするのか?
(1)米国と中国を天秤にかける戦略はほぼ破綻した。韓国は、中国に気兼ねして受け入れてこなかった米国の最新鋭地上配備型迎撃システムTHAADを韓国内に配備するため、米国との協議を開始すると発表した。中国の不興を買うよりも、北朝鮮への備えを強化するほうが重要と再認識したのであろう。
(2)もうひとつは、核武装論だ。韓国内には、北朝鮮の核兵器に対抗するために韓国も独自の核抑止力を持つべきだとの声が急速に高まっている趣である。米国の核の傘(拡大抑止)への信頼感は低下している。韓国人の中には、いっそのこと北朝鮮に譲っても統一し、北の核を共有すればよいとの極論もある由。そうなれば、核保有国グループの一員となり、米中露と伍していけるのみならず、日本に対し初めて優位に立てるという考慮であろう。如何にも、韓国人の愛国主義(悪く言えばジンゴイズム)をくすぐる話である。
 しかし、これは自滅の道に繋がる恐れがある。隣り合わせの中露両国のみならず、米国も反対するであろう。何よりも核不拡散体制(NPT体制)を維持したい国際社会から非難されることは確実である。核武装のためには韓国は、北朝鮮がしたようにNPTからの脱退を宣言しなければならない。そうしなければ、韓国は自ら署名批准したNPT違反を犯すことになる。国際社会は韓国に対し制裁を科すかもしれない。戦前に満州国を強引に樹立した日本が国際連盟からの脱退を余儀なくされ、その後国際的な包囲網にあって自滅の道を進んだことが想起される。

我が国はどうするのか
 国連による制裁に加え、我が国が独自の制裁を強化するのは当然である。北朝鮮の核やミサイルの保有は我が国の安全を直接脅かすからだ。
 韓国は、我が国との関係を強化しようと努めるであろう。筆者はかねてより、韓国との関係では「宥和政策」は役に立たず冷静に「是々非々」で行くべしとの見解を表明してきたが、現下の状況では「是」で行くべきであろう。
 拉致問題については日朝合意をしたにも拘らず、北朝鮮は真剣に対応してこなかった。拉致問題の解決はさらに遠のいたと言わざるを得ない。拉致問題は大事であるが、我が国の安全保障は更に大事である。
 韓国が熱くなりつつある核保有については、我が国民は米国の核の傘を信用し(ないしはそれに安住し)、核武装を真剣に主張する声はごく小さい。反核のDNAは強硬に根を張っている。米国などでは、日本の核武装を予想する有識者などが出てきているが、実現性はほぼ皆無であろう。
 もっとも、日本国民が自らの安全保障についてもっと真剣に考えるべきなのは、韓国人に学ぶべきなのかもしれない。今回のミサイルは、先島諸島などに緊急に配備したミサイル防衛網の上を越えていった。米軍基地反対を声高に唱える一部沖縄県民の目は覚めたであろうか?


(了)

 Ø バックナンバー

  こちらをご覧ください
  


ホームへ戻る