ISがジハーディ・ジョンの死亡を“今、発表した狙い”はテロの予告か
政策提言委員、軍事・情報戦略研究所長 西村金一

はじめに
 英BBC放送によると、イスラム教スンニ派過激組織ISは、1月19日に英文機関誌「ダビク」で、後藤健二さんらを殺害した通称ジハーディ・ジョン(正体はモハメド・エムワジという名の英国人)と呼ばれた覆面姿の男の死亡を確認したと発表した。機関誌には「彼を乗せた車が無人機の攻撃で破壊され、即死した」と書かれており、ISは、彼が有志連合に殺害されたことを認めた。
 人質となった外国人を殺害する映像に度々出てきたジハーディ・ジョンは、ISの中で、恐らく処刑を実行する役割を持つ外国人戦闘員である。残忍なテロリストであり、広告塔でもあった。
 アメリカ軍報道官は「昨年11月12日、ジハーディ・ジョンがラッカ市内のISの裁判所前で車両に乗り込んだのを確認、無人機で車両を追跡。無人攻撃機から対戦車ミサイル2発を車両に向けて発射し命中させ、同乗していた全員を殺害した。このことは、IS中枢への打撃となるだろう」と述べていた。
 公開するまで約2ヵ月という期間が経過した。その理由としては、ジハーディ・ジョンは広告塔でありテレビに出るので、代わりの者が出てくれば「やはり殺害された」のだと気付かれてしまう。だからISは今後どうするかの検討と、彼に似せた交代者を準備するのに時間がかかったのであろう。

  
                                    ジハーディ・ジョン                                        新たなジハーディ・ジョン(処刑執行者)か?
                        出典:CNNニュース http://edition.cnn.com/2016/01/04/middleeast/isis-propaganda-video-briton/

 ISはこの事実を1月19日まで認めなかった。テロリストは、組織の中枢にいる人物の死亡を公開しないのが通常だ。理由は米軍報道官が述べたように、IS中枢への打撃となり、テロリスト達の士気が落ちる可能性があるからだ。
 にもかかわらず、2ヵ月も過ぎた今になって敢えて公表してきた。その狙いは何なのかを考察したい。なぜなら、防衛省・自衛隊で軍事情報分析を長年行ってきた私は、不気味な気配を感じてならないからだ。

1.ISが敢えて死亡発表を行う狙い
 狙いは、二つ考えられる。一つ目は「仕返しのテロを実行する予告を暗示する」、二つ目は「ISはいまだ健在であり影響を受けていないということを世界に向けて発信する」ことを示したものと考えられる。
 一つ目の狙いは、ISが暗に「ISの象徴的な人物を殺害されたのだから、お前たちの著名な人物に仕返しするぞ」、あるいは「象徴的な施設を攻撃するぞ、しかも近々に行うぞ」といった仕返しの狼煙(のろし)であると捉えた。つまり「発表の○日後、ロンドンでテロ計画を実行に移せ」といった指示を出したと私は考える。
 二つ目の狙いは、ISの兵士1人を殺害されても「我々は影響を受けていないぞ」と健在ぶりを表わしているというものだ。シリアとイラクがIS支配下の石油施設への空爆を強化したことで、ISが資金難に陥り、活動するISメンバーの月給を半減したという情報もある。ISの戦力と資金力が低下していると報道されるなか、「我々はまだ優勢だ、健在だという姿勢」を見せたものと考えられる。

2.二つの狙いを比較するとどちらが本音なのか
 ISが敢えて公表した狙いは、列挙した二つのどれが本音なのだろうか。
(1) 一つ目の狙い:「仕返しのテロ実行の狼煙」を実行する理由
 仕返しの狼煙をあげたと考える根拠は2つある。
その1.
 ISが「我々は米軍から攻撃を受けた。戦士が殺害された。敗北だ」と考えていることは当然あり得ない。反対に、「我々は米軍から攻撃を受けた。戦士が殺害された。だから仕返しするぞ」という表明と捉える方が自然であろう。
 それを裏付けるのが、ジハーディ・ジョンに似せた英国発音の英語を話すテロリストが、今年の1月5日、宣伝ビデオで「英国民は我々の足の下にある」と言い放ってカメラに拳銃を向け、「我々の国家はここに存続して聖戦を続け、国境を突破し、いつかお前たちの土地に攻め込みイスラム法で統治する」と脅迫したからだ。
その2.
 アル・カーイダの影響を受けたホームグロウンテロリストが、2015年1月シャルリーエブド社を襲撃した。宗教指導者が漫画化され笑い者にされた仕返しに、シャルリーエブド社の関係者10名を殺害した。このようにイスラム過激派は仕返しの意思が強い。今回敢えて、やられたことを表明したのは仕返しを実行する意志表示としか考えられない。ISの作戦参謀は、戦略・戦術的に行動するが、残忍で過激であることからしても仕返しの可能性が高い。

(2) 二つ目の狙い:「影響がなく健在ぶりを表わす」ことの理由
 ISは現在、異教徒との戦争状態という認識なので、敵国に対しいつでも攻撃し、いつでもテロを実行する。このような状況において、わざわざ健在ぶりを示すことで、有志連合国に精神的ダメージを与えられるかというと、それは全くない。
 有志連合に影響がないのであれば、殺害されたことをわざわざ公表する必要はない。無視しておけばよいことなので、公表に繋がらない。

 したがって、ISの面子、マスメディアによる脅迫、仕返しの慣習、残忍性から、一つ目の狙い「仕返しのテロ実行の狼煙」の可能性が高いものと予測される。そして、これは有志連合国に大きな影響を及ぼす。二つ目の狙いである「健在ぶりを表わす意志表示か」は有志連合国には影響がなく放っておけばよいものだ。
 以上の理由から「仕返しのテロ実行の狼煙」が実行されることを想定して準備すべきである。

3.いつ、どこでテロを実行するのか
 ジハーディ・ジョンが殺害されて2ヵ月が経過し、テロ実行の準備は完了していると見られる。公表が仕返しのテロ実行の狼煙だとすれば、いつ頃どこで仕返しのテロを実行するのか。
 公表から2〜3ヵ月も経ってからテロを実行しても、期間が開きすぎて、せっかく公表したのにテロとの関係が薄くなってしまう。とすれば、速やかに実行する方が宣伝効果が高い。であれば、1〜2週間以内ということになる。
 そして、それはどこなのか。ジハーディ・ジョンが英国籍であることと、新たな処刑者とみられる男が英国を脅していることからロンドンか。また、米軍が殺害したのであるから米国かということになる。英国では2005年7月、アル・カーイダの思想に染まったホームグロウンテロリストによる爆破テロが実行されたが、ISそのものは英国ではテロを実行していない。このようなことから、ISは英国を狙う可能性が高いという結論にたどり着いた。
 日本はこの殺害に直接関与していないことから、日本へのテロ攻撃の可能性は少ないが、ISは以前から日本も攻撃の対象としているので油断してはいけない。

おわりに
 狙われている都市では、脅威を煽る必要はないが、治安機関や軍は警備態勢を強化して対応しなければならない。また、テロを事前に防止するためには、国家機関だけの情報収集能力には限界があるため、市民も身近な地域にテロリストが潜在していないか関心を持ち情報を集め、網の目の情報組織として機能すべきだろう。
 ISは、有志連合から約8600回(2015年11月末)の空爆を受けて、人的・物的な損害が出ているに違いない。その象徴であるジハーディ・ジョンも殺害された。だが、ISが占拠している地域では、イラク軍が首都バクダッド西側の都市ラマディだけは奪回できたが、その他の都市は依然、占拠された状態である。ISはその勢力を失ってはいないと見るべきであろう。ISがいつまでもシリアやイラクを占拠し続ける状況が継続すると、テロが世界に広がり、各国の国民にテロによる疲労感が拡大する。
 このような事態にならないよう無人攻撃機により、ISの軍事作戦担当、宗教指導者、資金源となる施設を狙って攻撃を継続し、ISの戦力を一つ一つ叩き潰すことだ。だが、空爆だけでは、ISに損害を与えることはできても叩き潰すことはできない。よって最終的には地上戦で、ISを撃退しなければならない。



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