北朝鮮弾道ミサイル発射に冷静・客観的に対応すべし
政策提言委員、軍事・情報戦略研究所長 西村金一

1.北朝鮮の弾道ミサイル(北朝鮮は衛星と称している)の射程 1万3千キロ?
 韓国国防相は7日、「北朝鮮が発射した弾道ミサイルの射程が最大で1万3千キロに達する」との見方を示した。
 私は軍事技術からあり得ないと思う。その理由は簡単だ。ミサイルの大きさ(長さや直径)が変わらないのに、射程が倍に伸びることなどない。米国、ロシア、中国、インド、パキスタン、イランの弾道ミサイルを見ても、射程は大きさや長さに比例している。米国フロリダのケープケネディ発射場に、各国のミサイル一覧ポスターが販売されているが、そのポスターを見ると、各国の弾道ミサイルは、時代の変化とともに大型になって、射程も伸びているのがわかる。
 本文の最後に掲載している別図1イラン弾道ミサイルと北朝鮮弾道ミサイル、別図2インド弾道ミサイル比較図を見ると、一目瞭然だ。
 何故、韓国の国防相が、このような数字を発表しているのかという疑問が生じる。これは、韓国軍が、自軍にTHAADミサイル(戦域高高度ミサイル)を導入したいという理由付けのために、「北朝鮮がより長射程で高高度を飛行するミサイルを開発した」と強調したかったのではないかと考える。

2.マスメディアは、冷静・客観的に対応すべきだ
 弾道ミサイルの射程は、簡単にわかるものではない。北朝鮮の弾道ミサイルの大きさや射程が正確にわからないのに、各マスメディアが射程1万3千キロで米国に届くと伝えている。いかにも正しいように、わかるように図を入れ説明している。その根拠は、韓国国防相が伝えているからであろう。米国国防省や防衛省の発表を待つか、軍事技術者の見解を冷静に聞くべきであろう。現在の報道を見ていると脅威を煽り過ぎだと思う。
 2003年にも同様なことがあった。それは、日韓首脳会談の時に、たった100キロしか飛翔しない地対艦ミサイルを、韓国国防部は「北朝鮮がミサイルを日本海に発射した」と刺激的に発表した。わざと「弾道」という用語を外してだ。日本のマスメディアもシルクワームという旧式の地対艦ミサイルを映像で流した。ある新聞社の見出しには、「ミサイル日本海に着弾、政治効果狙い対日恫喝」とあった。たった100キロ、つまり北朝鮮の沿岸部にしか届かないミサイルで「対日恫喝」という見出しが躍った。発表のスピードは大事だが、冷静に評価して欲しい。
 事実以上に危機を煽ると、北朝鮮の思うツボだ。

3.発射基地からの発射よりも、実際に配備されているミサイル発射に注目すべきだ
 今回のような発射基地からの発射よりも、実戦配備されているノドンの方が、日本にとって大きな脅威になる。その理由は、実験と異なり発射を察知することも迎撃するのも極めて困難だからだ。2014年に、平壌の北西に実際に配備されているミサイルが移動用車両に搭載されて洞窟の陣地から出て、ミサイルを発射した。防衛省は発射してから着弾まで全く対応がとれなかった。

4.何故、発射サイロに覆いをかぶせて、ミサイル本体を隠したのか
 防衛省は、今回のミサイルは、細部調査しないと正確にはわからないが、恐らくテポドン2の改良型(前回のものと同じ)だろうと発表している。
 北朝鮮は、昨年、トンチャンリのミサイル発射台を改修した。改修した発射台から、これまでのミサイルよりも大型のもの、即ち米国まで届くミサイルを発射する予定だったからだ。
 今回、発射台は何かで覆われており、私も発射台にあるミサイル本体の映像を見ていないので正確には分析できない。しかし、防衛省・韓国国防省などの発表によると、どうも過去のものと同じで、以前のものより大型のミサイルではないようだ。
 私は、北朝鮮ミサイル発射の情報が発信された時、大型ミサイル本体の燃焼実験をしていないのに、何故、発射実験を実施するのか不思議に思っていた。更に、ミサイル発射実験時にミサイル本体を隠さなければいけなかったのかについては大きな疑問を持った。本来は米国に届くミサイルを見せつけたかったはずだ。それなのに何かで覆って見えないようにしたのは何故か。大きな理由が隠れていると考えざるを得ない。
 北朝鮮は、大型のミサイルを製造し、実験して、それを今回36年ぶりの北朝鮮労働党大会の前に発射したかった。しかし、それができなかった。
 もしも、考え通りに開発が進み、大型のミサイルであれば、これ見よがしに、衛星写真でミサイル本体を見せたはずだ。しかし、それをしなかったのは、前回と同様のテポドン2の改良型では、金正恩の成果にはならないからだ。「大型のミサイルではない」このバツの悪さを隠したかったと考える。

5.実験は成功したのか
 前回と同様の発射を実施したのだから、失敗しようがしまいが、北朝鮮は成功したと発表するであろう。
 ポイントは、これまでのものより大型で米国に届く実験をしなければ何の意味もないということだ。

6.何故、2月7日に変更したのか
 報道によると天候が安定しているという見方が一般的だ。私は、中国の春節に配慮して、その前日の大晦日に実施したものと考えている。何故なら、中国の正月、即ち春節は、新年の挨拶や関係者と正月を祝う日だ。習近平国家主席も関係者から挨拶を受け、互いにお酒を飲み交わすであろう。それが1週間から2週間かけて行われる。もし、北朝鮮が8日の春節の最初の日に、ミサイルを発射したならば、正月の酒に酔った中国共産党の指導者達は、北朝鮮に制裁しろと語気を強めたことであろう。
 7日に実施した理由は、北朝鮮が、中国の反発を最小限に抑えたかったためだと考える。ということは、中国は今回も強い制裁には動かず、再度話し合いを主張してくるであろう。中国はこれまで何度も、制裁しても効果がない、話し合いをすべきだと主張してきた。
 このような中国の対応の仕方で、北朝鮮の核開発や弾道ミサイル開発を少しでも遅らせられたのか。北朝鮮の核実験や弾道ミサイル実験の経緯から見ても全く役に立っていないと言わざるを得ない。中国も北朝鮮の開発に手を貸しているのではないかと言ってもいいくらいだ。

最後に
 水爆実験と先日発表された北朝鮮の実験は、前回と同じ規模の原爆実験であった。潜水艦からの発射もまやかしが多い。今回も前回と同様の発射であれば、金正恩が北朝鮮のトップに就いてから、何の成果も出していないということになる。
 36年ぶりの北朝鮮労働党大会までに、金正恩の成果を上げたいところだが、それは実現しなかった。北朝鮮指導部には、金正恩の成果として形だけは取り繕ったのだが、事実上の成果として上げられなかった。このことに、落胆、不安、焦り、混乱が生じていることだろう。
 これまでの経済制裁は、ボディブローのように効いている。核実験とミサイル発射を契機に、世界各国特に中国が経済制裁を強めるべきだと考える。



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