澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -25-
北朝鮮をめぐる北京政府と瀋陽軍区の確執
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年8月4日、38度線付近の非武装地帯(DMZ)で北朝鮮が仕掛けた地雷によって、韓国軍兵士が2名負傷した。それに対し、韓国は北へ向けた拡声器をDMZに敷設し、心理戦を展開している。昼間は10キロ、夜間では24キロ届くという拡声器で金正恩批判やニュース・K-POP等を流した。
 そこで、北朝鮮は韓国による拡声器での宣伝工作を止めなければ戦争に突入する、と韓国を恫喝したのである。そして、北の潜水艦は大半が戦闘準備に入った。南北朝鮮は協議の場を持ち、8月25日午前1時前、北が地雷の件で遺憾の意を示し、軍事衝突は回避された。

 さて、多くの朝鮮半島研究者は、しばしば「中国は〜〜だ」と語りがたる。中国政府が“一枚岩”であり“一元的”な対北朝鮮政策を取っていると考えているからだろう。だが、それには大きな疑問符が付く。
 一つの仮説として、北京政府と人民解放軍瀋陽軍区が“対立”している図式が考えられる。習近平政権が全人民解放軍を掌握しているとは限らない。むしろ、北京と瀋陽軍区はライバル関係にあるのではないか。
 実は、金正恩第一書記はトップに就任以来、一度も中国詣でをしていない。韓国の朴槿恵大統領とは正反対である。また、金書記は核実験・ミサイル発射実験を行い、東アジアに緊張を生み出している。
 もし、習近平が本当に金正恩を嫌っているならば、北朝鮮に対し石油・食糧の輸出を止めればよい。論理的には、北朝鮮は一週間も経たずに干上がるはずである。しかし、たとえ習政権が北に対し経済制裁したとしても、瀋陽軍区が秘密裏に北朝鮮を支援するだろう。
 実際、瀋陽軍区と北朝鮮は一体化(軍事ジャーナリスト・鍛冶俊樹氏)していると思われる。歴史的に、渤海国(689年〜926年)が満洲から北朝鮮北部、ロシアの沿海州に跨って存在した。また、瀋陽軍区には朝鮮族が多いせいか、同軍区は北朝鮮へのシンパシーを持つのではないか。

 ところで、2013年12月、張成沢(金正恩の叔父)は金正恩に処刑された(銃殺された上、火炎放射器で焼かれる)。北京政府と太いパイプを持っていた張成沢は、自らが可愛がっていた金正男(金正日の長男。北京政府の庇護を受け、北京やマカオに住居を持つ)を北朝鮮のトップに据えようとしたと言われる。張成沢は金正恩体制を転覆し、金正男政権を誕生させようとしたのである。
 2012年夏、張成沢は訪中した際、この事を胡錦濤へ伝えた。胡錦濤がどのように応えたかは不明である。周永康(無期懲役)がその内容を金正恩へ密告したので、張成沢は金正恩に処刑されたに違いない。だから、金正恩は北京政府に不信感を抱いたのではないか。
 よく知られているように、瀋陽軍区は北朝鮮・ロシア・モンゴル国境を接している。同軍区には、人民解放軍の精鋭部隊(約10万人の機械化軍団)5つのうち、4部隊が配置されている。したがって、瀋陽軍区は7軍区中、最強とも言われる。
 だたし、瀋陽軍区は核を持たない。人民解放軍で核を持っているのは成都軍区である。そこで、瀋陽軍区は自らの代わりに、北朝鮮に核を製造させた疑惑を持たれている。同軍区は核製造のための情報を北に流したという。
 一般に、北朝鮮の核は米国・日本・韓国へ向けられたモノだと考えられている。しかし、必ずしもそうとは限らない。北朝鮮の核は北京政府へ向けられている可能性もある。いざと言う時に、瀋陽軍区が北京政府を脅すためである。
 実は、江沢民の「上海閥」は瀋陽軍区と深い関係がある。特に、「新四人組」のうち、薄熙来(無期懲役)は大連市長や遼寧省長を務めた経験を持つ。また、徐才厚(今年3月15日、北京の301病院で死亡)は瀋陽軍区所属、第16集団軍の政治部主任や政治委員を務めている。
 薄熙来と周永康の密接な関係から考えれば、周永康が張成沢の言った内容を金正恩へ伝えたのも、決して不思議ではないだろう。したがって、南北朝鮮間で緩急があれば、必ず瀋陽軍区が動くと考えた方がよい。それほどまでに北朝鮮と瀋陽軍区は関係が深いのである。

 最後に、一部の研究者・マスメディアはしばしば「北朝鮮は孤立している」と主張するが、これは事実誤認だろう。既述の如く、北朝鮮と瀋陽軍区は一体化している。他方、北は世界160ヶ国の国々と国交を結んでいる。日本・米国・韓国は北への経済制裁を行っているが、他の国々は必ずしも日米韓に同調していない。



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