澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -67-
中国によるチベット族・ウイグル族への弾圧

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 米政府系放送局ラジオ「自由アジア」によれば、2016年1月12日までに、青海省黄南チベット族自治州同仁県のホテルで、従業員がチベット語を使った場合、500元(約9000円)の罰金を取るとの張り紙が出されたという(本当に実施されているかどうかは不明)。
 一般のチベット人にとって500元の罰金は高額である。また、母語であるチベット語を使用できないのは不便きわまりないだろう。これは、中国共産党によるチベット族に対する抑圧政策に他ならない。言うまでもなく、言語と民族のアイデンティティは密接に関係しているからである。
 かつて、2010年10月、同仁県では数千人のチベット人中高生が街頭に出て抗議デモを行った。中学・高校の授業は、英語とチベット語の授業以外、中国語の教科書で行うという。
 その時、生徒らは「文化的平等を要求する」というスローガンを掲げた。そして、中国当局の“教育改革”政策は、チベット民族の言語と文化を滅ぼそうとしていると訴えた。実際、大学入学試験は中国語で行われる。高等教育を受ける際、チベット族は不利を被るに違いない。

 さて、大多数のチベット族はチベット仏教を信奉している。チベット仏教の真髄は「不殺生戒」である。生きとし生けるものを慈しむ。たとえ虫ケラでさえ、不殺生の対象になる。ましてや、人殺しなどタブーである。
 だから、多くのチベット族には、中国共産党の同族への弾圧に対し、「目には目を、歯には歯を」という発想を持たない。そのため、原則、共産党へ暴力による“報復”を行わない。チベット仏教は、どんな人間に対しても殺傷することを厳しく禁じているからである。したがって、チベット族は、政府に対し暴力という手段に訴えることは極めてまれである。
 一般に、彼らの中国共産党への抗議は、僧侶や尼僧らによる焼身自殺という形を取る(チベット仏教では自殺さえも奨励されているわけではない)。2009年以降、現在に至るまで、チベット族による焼身自殺は、約140人にのぼる。その中で亡くなったのは約120人である(インド・ダラムサラのチベット亡命政府、ロブサン・センゲ首相による)。

 一方、北京は、ウイグル族(大半がイスラム教を信仰する)に対しても、抑圧政策を採る。例えば、18歳以下のウイグル族は、コーランの学習やラマダン(日の出から日の入りまでの断食)への参加を禁止されている。
 しかし、よく知られているように、イスラム教には「ジハード」という概念がある。この言葉は、本来「奮闘努力する」という意味だが、ムスリムを抑圧する異教徒に対して、「聖戦」を容認しているふしがある。そのため、ウイグル族は中国共産党の苛酷な支配に対し、しばしば敢然と立ち上がる。
 近年、まず、2013年10月、ウイグル族の親子3人(夫婦とその親)がジープで天安門金水橋で自爆テロを行っている。容疑者の3人を含む5人が死亡、38人が負傷した。ただ、警備の厳しい天安門広場に、どのようにジープが入ったかが謎である。その約1ヶ月後、「トルキスタン・イスラム党」が“犯行声明”を出した。
 この事件が契機となり、その後、新疆・ウイグル自治区を中心にテロ事件が頻発している。
 最も記憶に残るモノを挙げるとすれば、次の2つの事件ではないだろうか。
 1つは、2014年3月1日、雲南省昆明駅でウイグル族によるナイフ等を使った無差別テロ殺傷事件である。結局、テロ容疑者4人を含む35人が死亡、141人が負傷する大惨事となった。
 もう1つは、翌4月末に起きたウルムチ南駅爆破テロ事件だろう。その日、習近平主席が側近らと新疆・ウイグル自治区を視察した最終日だった。ウイグル族と見られる容疑者が自爆し、テロ容疑者2人を含む3人が死亡、79人が負傷している。習主席を狙ったテロだった可能性も捨てきれない。
 実は、ISIS(「イスラム国」)には、約300人の中国人が参加しているという。恐らく、ほとんどがウイグル族に違いない。そのISISが、2015年12月、中国国内にいるイスラム教徒(約2000万人)へ中国語で、習近平政権に対し「ジハード」を起こすようインターネットで呼びかけた。今後、中国国内で、ISISと習近平政権の戦闘が開始されたとしても何ら不思議ではあるまい。



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