澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -95-
「公民マグカップ」にも過剰反応する習政権

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 近頃、中国湖南省邵陽市綏寧県の“人権活動家”欧陽経華(80歳)が「公民マグカップ」を500個制作して工場に発注した(後に500個追加する予定だった)。初め、欧陽経華は「中華民国国旗」の図案を考えたが、それでは、共産党が許さないだろうと思い直したという。
 そのマグカップは白地に青が基調で、7つの白抜き文字(一部は逆で白地に青の文字)が施されていた。
 取っ手に近い部分には、縦に“自由” “公義(正義)” “愛”と書かれている。その左側にやはり大きく縦に“公民(市民or人民)”という文字(全部が台湾等で使用される“繁体字”)が映えている。
 基本的に、中国語は「主語+動詞+目的語」の順である。また、中国語の特徴として、@上から下へ向かって読む A左から右へ向かって読む B右から左へ向かって読む、と割と自由である(だが語順は厳しい)。
 それら7文字が文章だと仮定とすれば、@「自由公義愛公民」=自由と正義は公民を愛する A「公民愛自由公義」=公民は自由と正義を愛する B「自由公義、人民愛」=自由と正義を公民は愛する、のいずれかになる。普通はAかBの意味でとるだろう。

 さて、中国当局はこの「公民マグカップ」制作・頒布を問題視し、制作・頒布にストップをかけた。当局は、欧陽経華ら“人権活動家”が、第2の「中国ジャスミン革命」(チュニジアで2010年〜2011年にかけて起きた民主化運動の呼称を真似る)を起こそうしていると疑ったのかもしれない。
 ちなみに、「中国ジャスミン革命」とは、中国ネット上で、2011年2月20日(日)北京時間午後2時、中国大都市の繁華街や広場、それに香港・マカオ・台湾で一斉にデモ行進しようと呼びかけられた“幻の政治運動”である。
 当日、中国では小規模のデモはあったが、大規模なデモは起こらなかった。大規模デモは当局によって阻止されたのだろう(ちなみに、香港・マカオ・台湾でも数十人による小規模なデモは行われている)。
 周知のように、今年2月19日、習近平主席が中国マスメディアに対し「メディアは党に対し絶対的忠誠を誓わなければならない」という指示を出した。
 それに反発してか、翌3月13日、官製メディアである新華社が習主席の発言を紹介した配信記事の中で「中国“最高”の指導者」とすべきところを、「中国“最後”の指導者」として配信している(たぶん、編集者が故意に“誤記”したと思われる)。
 しかし、その“誤字”問題と「公民マグカップ」の制作・頒布問題とは、事の重大さにおいてレベルが違う。習政権の過敏な反応には驚かされる。

 まもなく、湖南省株洲市の国内安全保衛局(公安の1機関)と警察官3人が、広東省深圳市に住んでいる任銘という“民主活動家”の所に「公民マグカップ」との関係を取り調べるためにやって来た。
 実は、任銘(湖南省出身で今年50歳)は元軍人であり、以前は共産党員だった。かつて、任は深圳市友邦保険公司で働いており、2009年10月、「一寸山河一寸血」という法輪功関連のCDを友人に渡したという罪で逮捕された。その後、2010年5月、深圳市福田人民法院は、任銘に懲役3年の実刑判決を下している(実際は「邪教」に名を借りた民主運動家への弾圧)。
 余談だが、最近の任銘の手記によれば、任と公安3人は一緒に(お酒抜きの)食事をしたという。もちろん、任の“おごり”である。我が国ならば公安が被疑者や参考人から饗応を受ければ、その人間は厳しい処罰を受けるだろう。彼らに対し、しっかりとした取り調べができなくなるからである。その点、中国は誠に“おおらか”と言えよう。
 任銘は、湖南省の公安は貧しているせいか豊かな深圳市の公安と比べ、よく食べると感心している。また、湖南省邵陽市の国内安全保衛部は月給が4千元余(約7万円)、同市警察は3千元余(約5.2万円)で、かなり給与が低いとも記している。

 閑話休題。今のところ中国当局は、任銘を「第2次中国ジャスミン革命」首謀者あるいは扇動者として、逮捕・拘束していない。ただし、今後の状況次第で任銘を逮捕・拘束する可能性もある。
 翻って、今の習近平政権は、「公民マグカップ」制作・頒布のような些細な事にも神経を尖らせている。これは尋常ではない。
 一部には、習近平政権は“磐石”との見方もあるが、「公民マグカップ」への対応を見る限り、反対に、習政権の“脆弱性”が浮き彫りにされた観がある。
 習近平政権は、ちょっとした風の音にさえ、怯えているように思える。これでは、習主席の長期安定政権など、とても望めないだろう。


 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る