この「大使の手紙」シリーズも今回が3回目となりました。ベルギーという日本にとって馴染みの薄い国の国情を紹介することで、ヨーロッパの過去と現在の一端を知っていただきたいという思いで書き始めたのですが、果たしてこうした私の思いは読者の皆様にうまく伝わっているでしょうか。実は、本稿を書いている私はなおベルギー在勤中なのですが、これを掲載した季報が発刊される頃には日本に帰国しています。先般、私自身の予期に反して、早々の帰国命令が出され、2年に満たない短いベルギー勤務になってしまったのです。勿論、残念な思いはあるのですが、他方で、41年半に及ぶ外交官生活を大過なくすごし、年金を満額受給出来る年齢(?)に達しましたので、後進に道を譲る潮時ではないかと納得もしています。今、こうした心境の中で、「最後の勤務地」になりつつあるベルギーについて徒々なる文章の「続き」をしたため始めます。
<ビールとチョコレートの国>
ベルギーは自他ともに認める「ビールとチョコレート」の国です。ブリュッセルの東方30kmほどのところにあるルーヴァン市に本社を置くABインベブ社は世界最大のビール会社です。ステラ・アルトワやジュピラーといった銘柄のビールが主力商品で、既に14世紀頃からビールの生産を始めており、世界的に見ても最も古いビール会社の1つです。ところが、この老舗のビール会社の知名度は意外に低く、ベルギー人ですら「ABインベブ」という会社名を知らない人が大半です。何故そういうことになっているかと言えば、それはこの会社が過去20〜30年の間にメキシコ、ブラジル、米国などの主要なビール・メーカーを次々と買収し、しかも買収の都度に会社名を変えたために、最新の会社名が知れ渡っていないことと、ビールという商品の特性として一般の人にとって「銘柄」以外に関心の向けようがないという事情があります。ベルギーでは1000種類以上の異なる銘柄のビールが販売されていますが、製造している会社の数は少なく、1つの会社が多数の銘柄のビールを製造しているのです。一般にベルギー第二のビール会社と思われているアルケン・マース社が既にオランダのハイネッケン社の傘下に入っていたり、その昔にシトー派の修道院が密かに少量だけ造っていた「トラピスト・ビール」がそのオリジナルな銘柄を保持したまま私企業に委託されて大量に製造販売されるようになったりと、欧米におけるビールの世界は実相が掴みにくくなっています。
では、チョコレートの方はどうでしょうか。実は、こちらも事情はビールの場合と似ており、激しい変遷の歴史を辿っています。
|