1、琉球の問題は虚構の中華思想である
琉球はかつて半分チャイナだったとされるが、嘘である。しかしどうもうまく反論できない。そんな困惑が今広がりつつある。翁長知事も北京訪問の際に、尖閣領海侵犯を繰り返すチャイナに何一つ文句をつけない。何故なのか。反論の材料を提供するには、琉球を外部から位置づけた中華思想を語らねばなるまい。
中華思想をただの自己中心思想と定義するならば、どこにでも存在する。古代の中華思想はチャイナを全世界そのものと誤解した田舎者の無知な思想に過ぎなかった。
しかし後漢の明帝の西暦 1 世紀からは、インド文明がシルクロードから大量に流入し始め、以後唐末まで約 900 年間、多岐に渉って影響を及ぼした。逆にチャイナからインドへもたらされた文化は極めて少ない。この時代のチャイナは、大インド文明圏内の小文明であった。
次の北宋の思潮はインドや近隣諸民族に激しい敵愾心を抱く。ここからが本格的中華思想である。古代の素朴な中華思想との差は何か。それは西方のインドなどの存在を熟知しながら、上位文明と認めないことである。そのために歴史の虚構に力を注ぐ。古代の無知と、北宋以後の虚構とは全く異なる中華思想だった。世間の所謂中華思想とは、この北宋以後を指す。
後漢初期までが黄河文明時代、唐末に菅原道真が遣唐使停止を進言する頃までがインド文明圏時代、北宋以後が中華思想時代である。
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