1.立派な戦後 70 年の首相談話、されど火種は残った
終戦70年に安倍晋三首相が出した談話は、各方面から称賛されているが、最も大きな功績は、中韓と米国が導通しやすい「歴史戦争」において、2正面作戦の不利を避け、欧米を味方に付けたことである。更には、米国の歴史観に則りつつも、日露戦争の意義を述べ、戦争に至る間に欧米諸国の植民地経済を巻き込んだ経済のブロック化を進めた等の事実を加味したことは大きな意味がある。
しかし、これで歴史問題に区切りがついたと安心している場合ではない。もう1正面の「敵」が健在だ。火種は残った。今年の7月から殆どの日本のマスコミは、まるで戦後のWGIP(ウォーギルトインフォメーションプログラム)の再来のように、単に戦争の悲惨さだけを強調し、日本の贖罪意識と日本民族の劣等感を煽るだけの情緒的なキャンペーンに終始した。日本人自ら「侵略国家であり日本民族は残虐で悪い国だ」ということを固定化しようとするこのような負の感情が、国難を呼び込んでいることに気づくべきだろう。更に悪いことに、首相の考え方と異なる内容となっている「21世紀構想懇談会報告書」(以下、報告書)が、今の日本の学者や経済界等の総意に近いとすればもっと問題だ。
中国は9月3日の抗日戦争勝利記念のみならず、これから毎年、年に3回も抗日のキャンペーンを張り続けることになり、日本が事実上屈服するまでやり続けるだろう。天皇陛下による謝罪は彼らのゴールである。経済が悪化していくに従い、益々外敵が必要となり日本は絶好の標的になるだろう。
最近の集団的自衛権を巡る日本の議論を聞いていても、先の大戦の負の遺産から解放されていない。軍事力は悪いものだし、日本人も政治家も何をするか分からないので、しっかりと法律で縛っておかなければならないと考えているようだ。しかし、現実は想定したようにはならない。だから自衛隊は色々なシナリオで色々な事態の演習を続けているのだ。法律はあくまで大局判断で決めておくべきで、事態に応じて適格に対応できるよう政治家や国民の軍事常識を向上させておくことが大切だ。また、日本国民は深く本質を考えることを大切にして、戦前から続く「空気の支配」を受けないようにしなければならない。
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