“市民派”首相の脱原発路線
理事・政治評論家  屋山 太郎
 エイズ問題の手法と酷似
 菅直人首相の思想と行動は歴代首相とは異質のものだ。財界首脳は時の首相をあしざまには言わないものだが、菅首相ほど常時、罵られる首相は珍しい。ある財界人は「政治家は良いことも悪いこともする人種。しかし菅さんは悪いことしかしない」と断じ、「一刻も早く首相を代えてもらいたい」と言う。
 なぜ菅氏のような人物が首相にまで上りつめたか。エイズ事件の頃まで、菅氏は力強い政治家とみなされていた。市民運動ひと筋できた政治家だから、何十年も泣かされてきたエイズ患者の原因は、製薬会社とそこへの天下り官僚が生んだ事件と断じた。厚生大臣として見事に謝罪し補償した。無謬主義で立つ官僚を叩いたのだから国民は喝采した。
 エイズで見せた手法と今回の脱原発の発想は酷似しているのではないか。東電とそこへの経産省の天下り人事が、甘い原発を生み、運用にも厳しさがない。菅氏が震災発生時に東電に乗り込んで首脳を怒鳴りつけた図と、エイズで製薬会社と官僚を痛めつけた構図はそっくりである。いうなれば「正義の味方、ウルトラマン」の発想なのである。
 官業の癒着は断固「根絶」すべきである。民主党はそれをマニフェストに掲げて大勝した政党である。根絶を追求して公務員制度改革に至るのが、菅党代表の使命だが、そういう根源的な問題を追及した気配がない。
 市民運動というのは巨大な権力や大企業から富をむしり取ってきて庶民に配分するという発想だ。ねずみ小僧次郎吉も大金持ちから盗んだものを庶民に配り人気を博した。菅首相の発想は全く、ねずみ小僧の次元にとどまっているのではないか。
 市民派政治家の時代は次郎吉の発想で通用する。しかし自らが政治のトップになれば、次郎吉の仕事から脱却し、国家の富を拡大する、パイを大きくすることに専念しなければならない。菅氏にはパイを大きくするという発想がないから、庶民に害を与えた原発叩きに懸命になるのである。
 菅氏が宣明にした“脱原発”路線は電力不足を恐れる企業に日本から外国に移れと言っているに等しいのである。当初、東京、東北電力圏内から中部、関西に動き出した企業はピタリと足を止めた。九州の玄海原発再稼働寸前に「ストレステスト」(耐性評価)を持ち出して稼働を止めたからだ。

主要国首脳と異なる判断
 福島事故にも拘わらず、独、伊を除いて脱原発の動きが広がっていない。それはこのエネルギーが最も効率が良いという判断が変わらないからだ。技術的リスクは克服できるというのが主要国の判断だ。要するに主要国の首脳達はパイを大きくする立場に立っているわけで、菅氏のように悪を罰するウルトラマンの立場に立ってはいない。
 正義は庶民の側にあると考えるのは左翼の通弊で、これは菅氏が学生運動に携わってきた原点だろう。
 冷戦の当初はソ連、中共、北朝鮮が一体となっていたが、中ソ論争で東の一枚岩が崩れた。それに反応して日本社会党などはソ連派、中国派、北朝鮮派に分裂した。
 菅氏は北朝鮮に属してきたようだ。日本人を拉致した北の工作員・辛光洙が韓国で捕えられるとその釈放嘆願に動いた。よど号事件のハイジャック犯と日本人拉致犯の息子が活動する政治団体に巨額の政治献金をした。虐げられた者は共産主義者になるのは当然で、北朝鮮は正しい道を歩いていると菅氏は判断しているのだろう。単細胞左翼だ。

                                 (7月27日付静岡新聞『論壇』より転載)
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