理事・政治評論家
 屋山太郎



  

「野田首相の政権運営の手法とは」

 「せいては事を仕損じる」という言葉がある。鳩山由紀夫氏も菅直人氏も味方の人材を周りに集め、脱兎の如く飛び出した。15年待ってようやく政権が転がり込んできたのだから、思いのたけを政治にぶつけてみようと力んだのだろう。
 鳩山氏も小沢一郎幹事長(当時)も、かねて「日米中」の正三角形論者だったから、日米関係はそこそこに保って、中国に急接近した。鳩山氏がオバマ大統領に言った「トラスト・ミー」というのは「俺に任せておいてくれよ」という程度の意味で、オバマ氏が信じた「必ず実行する」という意味ではなかった。
 日中関係は日米関係の函数のようなものである。日米が盤石であればあるほど中国は日本をナメてかかることはできない。その日米関係が揺らいだからこそ、尖閣諸島沖の中国漁船の日本巡視船への体当たり事件が起きた。そのビデオを中国に遠慮して仙谷由人官房長官が隠蔽した。これに対する反感もあって内閣府の「外交に関する意識調査」では「中国嫌い」が9割に激増した。
 菅首相は福島での原発事故後、核大国フランスで行われたG8の会議で冒頭スピーチを求められ「脱原発」とともに「1千万軒への太陽光パネル設置」をぶち上げた。ドイツ、イタリアは脱原発を決めたが、依然としてフランスから原発の電力を買っている。日本政府の方針も決まっていないのに菅首相は勝手に脱原発をぶったが、あの時点で言えることは福島原発の事故についての分析をこう語ることだったろう。
 「福島原発の事故の失敗は第1に1100年前の貞観地震による14〜15メートルの津波の教訓を無視し、5メートルの堤防で済ませたこと。第2に予備電源が無くても良いと考えていたこと。第3は監督官庁から東電に40年余に亘って副社長を出す癒着があった」
 以上のような説明なら世界の教訓になったし、のちの日本の政策を“個人的”考え方で縛ることもなかった。日本の全電力を再生エネルギーで置き換えることは不可能だろう。東南アジア諸国は原発使用の方針を変えていない。とすれば日本が最も安全な原子炉を製造し供給することが必要になるはずだ。
 鳩菅両首相の国際常識の無さには呆れ果てた。が、野田首相はどうだろう。
 野田氏の演説や著書を見て歴史観や国家観を有する人物であることに気付く。彼の保守思想に期待する人は多い。
 その人達は野田氏が早々に靖国問題について「これまでの内閣同様、参拝はしない」と答えたのにはがっかりしただろう。しかし逆に「参拝する」と答えたとしたら、党内左派が反発し、中国は強硬に日本を非難し野田内閣は発足早々にガタガタになっていたに違いない。
 野田氏の政権運営の手法はまず徹底した派閥均衡で、党内の不満を抑え込む。人事を万遍なくすれば、適材適所を貫くのは難しい。野田内閣を家にたとえれば、床もベニヤの安普請である。野田首相は強い柱を4、5本据えて床をもたせようとしているように見える。その柱となるのは前原誠司政調会長、玄葉光一郎外相ら松下政経塾の仲間達だ。
 野田首相はまず最初の訪米で、オバマ大統領の信用を得たようだ。この日米関係は中国や欧州諸国、東南アジア諸国の対日観に好影響をもたらすだろう。野田首相は、じっくり事を為すタイプの人であるようだ。
                 
                                                                                                                                     (9月28日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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