「民主党最後の首相」と云われた野田佳彦内閣が得俵で踏ん張って、案外の力量を見せている。組閣のメンバーを見て目を蔽ったが、これは党内の派閥均衡を目指して、党内閣人事についての不満を押える第一着手だったと民主党幹部は解説する。鉢呂吉雄経産相の「放射能をうつしてやる」発言で更迭したのは、「発言には気をつけよ」との厳しい態度をとって、閣僚の勝手な発言を封じたのだと言う。鉢呂氏は旧社会党の出身だが、その後任を旧社会党から起用しなかったのも「社会党の連帯責任だぞ」というメッセージだったと言う。
鳩・菅内閣時代は、総理は思いつき発言ばかり、閣僚も思い思いに発言した。加えて「脱官僚」を「官僚を使わないこと」とはき違えていたため、内閣は支離滅裂の観があった。
その嚆矢は鳩山由紀夫首相の普天間飛行場の移設先は「少なくとも県外」発言だ。この一言で日米関係は「同盟国の裏切り」と見做され危ないものとなった。先日、玄葉光一郎外相が「鳩山外交は間違いだった」と述べたのに対して、鳩山氏が激しく怒ったのを聞いて「無知」につける薬はないと痛感した。
野田内閣は一種のカオス状態を抜け出すきっかけとして、まず「官僚との関係改善」を目指したと幹部は言う。その最善の手は「官僚の中の官僚」と云われる財務省との仲を改善することだった。財務副大臣、財務相、首相を通じて、野田氏は完全に財務官僚に取り込まれた趣だった。「財務省内閣」とも呼ばれたが、この財務省内閣のトンネルを潜り抜けなければ、新規の野田政治には入れないのだと言う。野田氏は自らを「保守政治家」と言いながら政治手法は「中庸」でなければいけないと言う。
防衛省の空幕長だった田母神俊雄氏が集団的自衛権の法制局解釈や村山談話を批判する論文を発表。この結果幕僚長を更迭された事件について、こう評価する。論文の内容はその通りだが、事件化されることを予想できなかったのは「高い地位にある者としての資格がない」と言う。
靖国参拝については所謂“戦犯”が国内法的に名誉回復しているのだから、問題ないとの解決だ。しかし「首相、閣僚はこれまで通りの慣例を守り、参拝しない」と言明した。
田母神問題、靖国参拝、いずれも内容は認めるものの、それを表現するには時期や地位を選ばなければならないとの考え方だ。
じっくり歩いて時至れば豹変するのが野田氏の政治哲学のようだ。
震災増税もその後に控えた年金、税の一体改革もひたすら財務省の言いなり路線に見えるが、それを進めるやり方に野田流が見えてきた。「物事を進めるのは大きい雪だるまを山の上に転がすようなもの」と首相は表現しているが、党内論議をじっくり重ねて、反対派の疲れを待つ作戦が得意のようだ。時が経つごとに小沢裁判が進行して、小沢派を中心とした反対派が弱小化して、前進し易い環境になった。
TPP問題も当初、党内は反対一色だったが、賛成一色の如きマスコミ世論が、党内の反対派を突き動かすようになってきた。いずれ鉢呂PT(TPPに関するプロジェクトチーム)座長と前原政調会長の答申を受けて、野田首相が裁断する段取りのようだ。日経新聞(10月31日付)の世論調査によるとTPP賛成45%、反対32%で、内閣支持は横ばいの58%だと言う。復興増税には6割が賛成だ。
こうしてみると不利な時は待つ。時至らば動くという野田流政治手法が成功しているように見える。民主党は再起できそうだ。
(11月2日付静岡新聞『論壇』より転載)
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